●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、意外にやり手だった虫に感心したようです。



シリーズ 生き物をダシにして

蓼食う虫

いつだったか、谷崎潤一郎の「蓼食う虫」を読んだと友人に言ったら、すごい本を読ん

だね、と言われた。

どういう意味のすごい、なのかわからないが、物語はお互いに傷つけずに離婚しようと

する夫婦の微妙な心理を描いた小説である。

大人っぽい複雑な本を読んだということか。

確かに潔癖さの抜けない、情熱のあふれた若者には理解できない、人生経験を積んだは

てにたどり着いた境地・美意識に彩られた小説かもしれない。

私は単に「蓼食う虫も好き好き」からとった思われる題名に惹かれて手に取った本なの

だが、この昔からいわれている言葉もなかなか意味深なのだ。

つまり「蓼食う虫も好き好き」とは、辛い蓼を好んで食べる虫があるように人の好みは

さまざまで、一概にはいえないという意味なのだが、言外に蓼など舌をただれさすほど

辛い植物を食う虫の気が知れない、という含みもあるのかと思っていたら、その言葉の

あとに、「蓼食う虫は辛さを知らず」と続くのである。

辛さを知らない虫ならば、何の不都合もなくおいしいと感じるわけなので、周りからと

やかくいうのは大きなお世話というものだ。

そこで、蓼はそれほど嫌われ者かと蓼の名誉のために調べたらそうでもないのだ。

柳蓼という品種は夏の香辛料として愛用され、赤や青の双葉の芽は主に刺身のつまとし

て添えられたり、そのほか鮎料理には欠かせない蓼酢にも使われるらしい。

蓼食う虫はなかなか隅におけない通好みなのではないだろうか。



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