思いつくまま、気の向くまま
  文は上一朝(しゃんかずとも)


シャンせんせいのガンリキエッセー。
シャンせんせい、木っ端ひとつに夫婦ふたりで大盛り上がり。



檜舞台

「歌舞伎座から宅急便。なんだろう」受け取った家人が首をかしげた。

包みをあけるとほのかに木の香りがする。

のし紙につつまれた箱をあけるとツーンとくる檜の香り。

そばにいた家人が「あっ 歌舞伎座の匂い」と感極まった声をだす。

改築のため解体した歌舞伎座の舞台の木が入っている。


舞台をはじめ大道具も木で造られている、歌舞伎座に木の香りがしても不思議ではない。

先代団十郎が美空ひばりの歌舞伎座公演を知って、「舞台に鉋をかけろ」と激怒したという檜

舞台。

ひばりは檜舞台に立つ喜びにつつまれ、千両役者は舞台が穢れたとおかんむり。

思えばよき時代であった。


「どこの木か書いておいてくれればいいのにね。この上で松緑(先代)も踊ったんだ」すきだ

った役者の名をあげて遠い昔を見るように家人がいった。

表札ほどの大きさの板をよく見るといくつかの釘の跡がある。大道具を留めた釘だ。大道具を

留める釘はトーン、トーンと二つで〆た。金槌の音ひとつも芝居の音になっていた。

こんな技もとうの昔になくなった。


釘の穴は、<夏祭り>団七の後ろにならぶ朝顔の花。はらはらと雪が落ちる、<直侍>入谷の寮の

門口を留めた釘穴かもしれない。

荒事で、舞踊で、いまは亡きひいきの役者が足を踏んでトンと鳴らした板がこれだと思うと、

半世紀をこえる歌舞伎見物のいろいろが頭をよぎる。

思い出を形にのこさず胸に秘める人もいるが、こうして一つのものから思い出がひろがること

もある。一葉の写真とておなじだ。


芝居の、観客の様変わりについて行けず、改築を機に歌舞伎見物におさらばするつもりでいた。

しかし、この板は、「そんなやぼなこといわねぇーで」と言っている。

この板は、改築中は止められた招待券の代わりに送られてきたものだ。招待券の時価になおす

と結構高価なものになる。板きれ一枚でけちなことをすると思っていたが、株式会社歌舞伎座

の勝ちである。


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