●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
今回のもどきさん、力を持った言葉を発見したようです。



シリーズ 生き物をダシにして

おーい

あるときのこと。

夫が忘れ物をして出かけしまい、私はすぐ気がついて後を追いかけた。初めての角を曲

がったところで、夫の後姿が見えた。

なんて声をかけよう…「あなたー」ではサザエさんになっちゃうし…名前を呼ぶのも照

れくさいし…「ちょっと〜」では弱いし…「もしもし」も変だし…

結局私は黙って猛烈にダッシュし、まるで運動会のリレーのバトンタッチみたいに忘れ

物を渡したのだった。


そして最近、地区センターでのこと。

3歳位の男の子が顔を真っ赤にして駄々をこねて泣いていた。お母さんはなだめたり、

すかしたりオロオロ。そのとき、地区センターの館長さんが声をかけた。

「おーい、ボクはなんで泣いているのかな?」

小さな子に「おーい」とはなんと気が利いている言葉だろう。おーいと呼ばれたら、男

の子は思わず泣くのをやめて振り向くだろう。きっと対等に扱われたような、くすぐっ

たいような。

そのとき、気がついた。「おーい」に当たる女言葉はないのだと。でも「おーい」と私

もいってみたい。

そういえば山村暮鳥が詩に「おーい雲よ」がある。

おーい山よ

おーい鳥よ

おーい虫よ

いくらでも呼びかけよう。そうすればいつもは聞くことのできない生き物の返事が聞こ

えるかもしれない。

そして、「おーい友よ」と普段疎遠の人にも呼びかけてみようか。

もし私が迷っていたり、ぼんやりしていたり、哀しかったり、寂しかったりしたとき、

「おーい」と誰かに呼ばれたら嬉しいのだから。



戻る