●連載
虚言・実言 文は一葉もどき
横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
一般常識とちがってるけど、全く問題はないようです。
シリーズ あんな話こんな話
謎の家
今、ご町内のもっぱらの関心事は「あの家」のこと。
“あの家”とは、住宅なのに建て始めて2年以上経つのにいまだに完成に至らない家の
ことである。
2年前の春に笹を四方に立てて古式ゆかしく地鎮祭をし、しばらくすると基礎工事が始
まった。
人の目を引いたのは、工事に青い目をした金髪の青年が一人で始めたことだった。小柄
で顔も小さく気弱な感じで鼻をいつも赤くしていた。耳の早い近所の奥さんがスイス人
だと教えてくれた。
長い期間をかけて丁寧な基礎工事が済むとたくさんの資材が運びこまれた。立派なもの
ばかり。柱となる角材なんかは建売住宅の2倍はあろうか。
だが、一人でこつこつとやっているので遅々として工事は進まない。さすがに組み立て
と屋根瓦をのせるときは応援の職人がきた。組み立ててみると70坪ぐらいの敷地に建
坪30坪くらいの総2階で天井の高い大ぶりな家である。工法も純和風。
屋根ができてからは冬の寒い日も夏の暑い日も雨の日も風の日も槌音がしていた。しか
し、ときどき長い間ほったらしかのときがあった。
外壁がまだなので、あの艶々した木の香りが漂ったひのきの柱は風雨にさらされ、今で
は見る影もなくくすんで灰色になってしまった。
工期が長いとか、大工が外人一人だとか、施工主が苗字の違う男女だとか、夜になると
明かりが灯りときどきクラシック音楽が聞こえたりとか、玄関とおぼしきところにすで
に鉢植えの花があったりとか、謎の多い家である。
まったく余計なことだが、通るたびに果たしていつ完成するのだろうか…と心配と期待
で気がもめるのだ。