シリーズ 生き物をダシにして
夏が逝く
8月が終わろうとしている。
相変わらず暑いけれど、さすがに夕暮れ時の風は秋の気配を感じさせる。日差しも部屋
の奥へ奥へと射し込むようになった。
自称“夏女”にとって夏が終わるのは寂しい。
夏は「夏休み」「暑さ」という言い訳のもとに、怠けようが冒険をしようが何をしてい
ても許される解放感がある。
真っ青な空、真っ白な入道雲、強烈な太陽、深い木々の緑、すべてに生命力がみなぎっ
ている。
私は元気!元気!といってどこかに出かけたかと思うと、大威張りでぐたぐた怠けたり
する。
ひたすらかまびすしいアブラゼミがそれをはやしたてる。
夏バンザイなのだ。
ところが、今日ツクツクボウシの声を聞いた。
あのどこかお説教じみたあの鳴き声を聞くとああ、もうだめだ、秋なのだと観念する。
何がだめなのか自分でもよくわからないが、そろそろ地道な生活、勤勉さを取り戻さな
くては思うのかもしれない。
さすがに都会からはヒグラシの声は聞くことはできなくなったが、ヒグラシの声を聞く
ともういけない。物悲しく諸行無常の念がわき、感傷的になってしまう。
そういえば、私の姉夫婦はヒグラシの声の聞こえる所に住みたいといって、山梨へ引っ
越していったことがあった。
「ヒグラシが鳴きだすとたちまち幽玄な世界が広がって、ああ、いいなあと思ったけど、
そのうち、かなしい、かなしい、と訴えかけてくるようになったのよ」
姉はそういって、寂しい、寂しいと4年ぐらい田舎暮らしをして、また東京へ戻ってき
てしまった。 |