2010山形平和劇場
私はしばしば、原稿を入れるのを忘れる。最近は暑くて忘れる。私がすっかり原稿を入れるの
を忘れると、田島先生から、さすが上手に催促が来る。最近は歳のおかげで、忘れることが上
手になってきている。子供の頃は、記憶力が抜群に良かった。(勉強以外ね!)しかし、忘れない
ということは、必ずしもプラスのことだけではないことも分かってきた。忘れられるなら忘れ
た方が良いことが、大人になるにつれてあるものだ。
65年前以上のこと、今の世の中でどのくらい覚えている人がいるだろう。
今年の夏も、「山形平和劇場」の季節がやってきた。3年前、私も出演した、山形市民で創り
上げる「朗読・劇」の舞台である。今年は私の師匠、ヒロコちゃんが出演するので、「絶対観
にいらしてね!お母さまにもぜひお伝えください!」と熱いラブコールが何度も来た。母と母の
友人、私も友人に声を掛けて、観に行った。
素晴らしい舞台だった。ピアノ曲「月光」と共に話が進んでいった。
今年は若い出演者が多かった。
ストーリーは、元女学校教員だったおばあちゃんの回想からはじまる、ピアノを弾く特攻隊員
さんとの思い出だった。実話に基づくフィクション。もう、最初っから涙が出てくるものだ。
若くして命を落とさなければならなかった青年と、そっくり同じくらいの歳の出演者が、特攻
隊員役なのだ。
特攻の前に親や家族へ向けた手紙。
実際、特攻隊で戦死した青年たちの本物の手紙を朗読したらしい。親を気遣う気持ちでいっぱ
いの言葉が連なっていた。または、今から生まれてくる子供へ向けた、父親の気持ちを込めた
手紙だった。妻への感謝の手紙も朗読された。あちこちからすすり泣きが聞こえていた。今の
同じ歳くらいの青年たちは、そんなことを考えなくてもよい。今や、そういう日本になったの
だ。明日の命の心配などしなくていいのだ。有難いこと、この上ない。
最後には、実際の特攻の場面。私は、泣くとは無しに涙が出ていた。周りのオバチャンはみん
なハンカチを握っていた。頷きながら観ているおじいさんもいた。今の平和があるのは、その
時代を生き抜いてきた人がいるからなのだ、とあらためて思い出した。
その時代のことを知っている人は、私たちの世代なら、ちょうど祖父母の若い頃だろう。直接
話を聞くことができたのが、私たちの世代で最後かもしれない。私は祖父母から戦争の話をた
くさんたくさん聞いた方だと思う。だからこそ、忘れずに語り継いでいきたいのだ。子供の頃
に聞いた話というのは、忘れないものなのだ。 |