思いつくまま、気の向くまま
  文と写真は上一朝(しゃんかずとも)


シャンせんせいの「ぼけのたわごと」、タイトル変えました。
歌舞伎通のシャンさん、新規の観客たちと興行側に、怒りと嘆きと諦めをしました。



さよなら歌舞伎座 




来年、歌舞伎座が改築のために取り壊される。

大正14年落成以来、桃山様式を取り入れた建物外観は多くの人に親しまれてきた。

先ごろ発表された新歌舞伎座は、和風ながら今様のデザインになっている。それを見て、

現在の外観を保存しろという声が上がっている。


歌舞伎座の建物は2002年に国の登録有形文化財に指定された。

老朽化を理由に文化財を壊してしまっていいのかどうか疑問に思っていたが、先日「歌舞

伎座さよなら公演」を観て考えが変わった。

役者の中堅、若手ともに力がつき、結構な舞台であったが観客がどうしようもない。

役者の一挙手一投足に拍手を送り、仕草を笑う。歌舞伎の約束事をまったく理解してない

で、タレント芝居と同じような観方をしている。

間合いをはずした拍手は、役者にとっても芝居がやりにくいそうだ。尾上梅幸は、それを

指摘し自著の題名に『拍手は幕が下りてから』と付けている。


歌舞伎は、役者、浄瑠璃、長唄、下座に加え、気の利いた掛け声で観客と舞台が一緒にな

って芝居を作り上げるものである。それが、音曲に耳をかたむけず役者のみに騒ぐように

なってしまっては、もう歌舞伎ではない。

これは、観客が悪いのではなくて興行側に責任がある。歌舞伎興隆のためにドタバタ演劇

まがいの芝居をして観客を増やしたのはいいが、歌舞伎というものはこういうものだとい

う誤った観方を教えてしまった。名は出さないが、口を開けば「伝統、伝統」といってい

た役者が伝統を悪く崩した芝居をし、それを歌舞伎座の舞台にかけた興行側の罪は大きい。

また、『歌舞伎の見方』などという入門書に、観客の心得のようなものが一言も書かれて

いないことにも問題がある。


大看板の役者がどんなに優れた芝居をしても観る方が理解できなければ、そこに伝統を守

る歌舞伎はない。時代の流れと言ってしまえばそれまでだが、こう急激に変わったものは

旧に復することはないだろう。現在の建物とともに歌舞伎も終焉をとげる。

4年後、新歌舞伎座では新歌舞伎が演じられることだろう。50有余年親しんだ歌舞伎な

ので寂しいことではあるが、特別のことがないかぎり新歌舞伎座に足を運ぶつもりはない。

Old soldiers never die; they just fade away. 「さよなら歌舞伎」の一幕でした。


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