10/27の日記 文は田島薫
嫌われ松子の一生
土曜日は浦和レッズのゲームもないので、図書館で借りて来ていたビデオを見る
ことにして、先日亡くなった市川準監督が昔撮った「東京夜曲」を見た。
大貫妙子の曲が似合う、のんびりとしたセンチメンタルな情緒のを期待してたら、
私にはなにやら、屈折しつつ退屈な日常劇が騒がしく煩わしいものに感じられて、
これは作品の出来が悪い、ってことではなくて、こちらの今の心情から来た作品
イメージの期待感とのズレからなんだろう。
前日の欲求不満もあって、日曜はもっと気持に合致した映画見たい、ってレンタ
ルへ行って、友人に勧められていた中島哲也監督の「嫌われ松子の一生」を借り
て来た。これは、テレビ放送もあって、ラッキー、って留守録画したことがあっ
たんだけど、その時ちょうど福田総理のアホ辞任会見が臨時ニュースで入り、映
画放送途中で中止されちゃって、それ以来の念願視聴だった。
中島監督のは「下妻物語」見てるんで、CG駆使の映像は予期してて、出だしから
絵づくりのうまさに感心しながら見てたんだけど、本編に入り、だんだん過剰な
CGにも疲れを感じ、わざとやってるシャレのようなもんだ、ってわかったつもり
でもその超不自然な筋立てに退屈さを感じながら見てたんだけど、後半、何気な
くなにやらひとつのテーマが潜まされていたことを感じたら、思わず涙がこみ上
げてしまった、見事にやられた。
どたばたはちゃめちゃCG 駆使で、クサくなりがちのテーマをカモフラージュす
る、ってワザを使ったわけなのだ原作者と監督は、テレカクシに。
というわけで、一時はどうしようか見るの途中でやめようか、って思った映画、
なんとか満足できてよかったよかった。
夜はなにかを信じながら安心してショーチューを飲む私であった。