11/25の日記          文は田島薫

晩秋の上野公園

出無精の私はよっぽど好きなやつ(例えば、マティスとかクレーとか、それらにして

も何度か行ったらもういいか、って調子)じゃないと展覧会にも出かけないもんで、

コンサートやら何やら、誘ってくれてた友人たちからも誘われなくなって来てるわけ

なんだけど、先日、友人にその友人の友人尾崎さんが属すグループ展大洋会の招待券

あるからどうだ、って聞かれ、その作風は当人のホームページで見て知ってるんだけ

ど、一度ぐらい現物見ておいてもいいかな、って思い、券送ってくれ、って送っても

らっちゃってたもんで、翌日は雨だって言うし、その日浦和レッズのゲームがバッテ

ィングしてたのにもかかわらずそれをあきらめ、日曜の午後同居人と上野に出かけた。


秋晴れの上野公園はものすごい人出で賑わっていて、都美術館に着くとそこもすごい

人だかりとなんだか入口の中から外まで長蛇の列が続いていて、何だと思ったら、フ

ェルメール展だった、フェルメール展は夏から始まり12月の半ばまでなんで、駆け込

み動員ってことなんだろう、このところマスコミに取り上げられることがよくあった

せいもあるんだろうけど、あんなに並んで、入場制限されてるようだから、1時間以

上待たされるんじゃないか、って思うんだけど、よく並ぶね〜、私ならやだね、フェ

ルメールごときを見るのに並ぶのは、って言ってみたりした。


で、すっかり空間を感じさせるゆったりした会場で目的のグループ展を観た。

でかい画布に力いっぱい描かれた絵が沢山並んでて、それぞれの作者は自分の思い入

れたっぷりなんだろうことを思うと、それの芸術的評価なんかはどうでもいいことで、

当人が汗だくで取り組む喜びに価値があるんだ、って感じた。

個人的な評価で言えば、そこで大賞などといった札がつけられたものには全く賛同は

できなくて、こっちのが全然いいじゃない、ってのがあったから、そういった現実的

評価自体がその無意味さを自ら実証してる風だった。


で、問題の友人の友人の作品は、というと、ホームページで知ってるイメージのもの

がこれが原画だよ、って場違いのようにそこにあって、目に見える対象を既成の先達

から真似た表現法を使って美的に調整するといった主題が大勢を占める中で、目に見

えないものを独自の手法によって表現しようと模索してる姿勢には共感した。


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