●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんの快調シリーズ17回めです。


シリーズ 世にも短い物語

ボクは猫である

ボクは大きなお屋敷に飼われていた飼い猫であった。であった、と過去形なのは今は野

良猫だからだ。

これには深いいきさつがある。

ボクは若気の至りといおうか、生物の当然の成り行きといおうか、恋をした。激しい恋

だった。

春先3月頃からボクは雌猫を狂ったように求めて、食事もろくに喉を通らず、寝ること

もせずに、もちろん家にも戻らないで徘徊した。お目当ての雌猫にはライバルがいたの

で、それと喧嘩にあけくれた。相手はでっぷり太った茶トラのオヤジ猫で力量、貫禄と

も十分。ボクは初恋でまだ腕っぷしにも駆け引きにも未熟なガキ猫。勝負は初めからあ

ったようなものなのだが、ボクは無鉄砲にも挑んだ。オヤジ猫はダミ声で威嚇するわ、

猫パンチで攻めてくるわでおおいに苦戦した。

その結果、ボクは目をやられる重傷を負って片目となってしまった。数日間膿んだ目の

激痛にのたうちまわり、ようやくの思いで家にたどり着くと、痩せこけて薄汚れ片目に

傷を負って変わり果てたボクを見て皆驚いていた。でも奥さんが近くの病院へ連れてい

ってくれ、「痛いでしょうね。もう少しの我慢よ。片目になったけど生きててよかった

わね」とやさしい言葉をかけてくれたときは正直、猫の目にも涙、感謝感激雨霰、本当

に有難かった。

この恩は一生忘れないだろう。

それでようやく立ち直り、治ったけれど、ボクの目はブドウのようなぼんやりした緑色

になってしまった。かつては猫界のキムタクといわれたほどの男前だったけれどすっか

り落ちぶれた。

ある日、お屋敷の広い庭に聞きなれぬ吠え声を聞いた。

犬だった。こっそり植え込みの陰から覗いてみると、家の人たちが白いプードル犬を囲

んで談笑していた。

「元気がいいからゲンっていう名前をつけようか」

「あら、もっとオシャレにチャーミングだからチャーミーがいいわ」

すっかり人気のプードル犬は千切れんばかりに尻尾を振って手をなめたり顔をなめたり

愛嬌を振りまいていた。

ボクはすべてを悟った。ボクはあんなに愛くるしくない…ボクにはあんなマネはできな

い…ボクのペットとしての役割は終わった…

それからである。ボクが家の人に知られないようにこっそり家をでたのは。それ以来ず

っと野良猫である。


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