●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんの快調シリーズ16回めです。


シリーズ 世にも短い物語

メダカ

僕は就活では大手出版社を目指したのだが、見事に落ちて、今では小さな広告代理店に

勤めている。一応この代理店は媒体誌として、広告から利益をあげる2つのフリーペイ

パーを発行しているので営業活動がかなり厳しい。

飛び込みや少しのコネクションを頼りに広告取りに奔走する多忙な毎日である。暢気な

学生時代と違って金を稼ぐことの大変さが身に沁みる。身も心もヘトヘトになってアパ

ートに帰っても、一人暮らしなので愚痴をいう相手も気を紛らわすものもない。

そこで釣り好きの僕は何か魚を飼ってみようと思いついた。定番の多彩な熱帯魚や派手

な金魚は敬遠して、小さいながらも真っ当な魚っぷりでつつましやかなメダカを選ぶ。

小振りな水槽に数十匹のメダカが泳いでいる姿は、郷愁というか懐かしさというか、そ

んな感覚がなかなかいいものである。

ところがあることに気がついた。メダカは群れて行動するとばかり思っていたのだが、

一匹だけ仲間から離れてるのがいるのだ。僕自身群れることを嫌うので、この一匹から

目が離せなくなった。

異端なのである。早速僕はこのメダカに自分の名前をつけた。「サトル」。

ところがこの「サトル」はとんでもないヤツだった。

僕がエサを水槽の上から撒くとすばやく動いてエサを掠め取るのであった。普段はのら

りくらりとマイペースなのにエサとなると別人(?)のように敏捷になり、仲間を押し

のけてエサをむさぼる。

僕は考えた。

営業で苦戦している人間のサトルをメダカのサトルが生き残り作戦を身をもって教えて

いるのではないか、と。

つまり、仲間の得意先を横取りせよ、との入れ知恵なのか、ウーン、抜け目のないヤツ

だ。

数日後のある日、おや?と気がついた。「サトル」の体に白いカビのようなものがつい

ているではないか。皮膚病に違いないと思い、僕は早速オキシドールで消毒をしてやっ

た。何回か手当てをするとその甲斐あって、すっかり「サトル」は元通りに治った。

すると、どうだろう、「サトル」は仲間の群れにずんずん入っていくではないか。そし

てすっかり群れに溶け込んで嬉々として泳いでいる。

僕は誤解していたのである。

「サトル」はとんでもないヤツではなく、皮膚病ゆえに仲間はずれになっていた可哀相

なヤツだったのだ。エサの横取りは生き延びるためのやむにやまれぬ行動だった。

僕はちょっとがっかりした。異端で孤高の英雄と思った「サトル」が実はいじめられっ

子だったなんて…

現実なんてこんなもんだ。相変わらず僕のつらい地道な営業活動は毎日続く。


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