●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんの新シリーズ7回めです。


シリーズ 世にも短い物語

悩む女   


「あのー、すいません。私、どうしたらわからないのです。悩み聞いてくれませんか?

 誰にも相談できないので・・・」

男は部下である女からこう切りだされた。なにやら深刻な話のようなので男は身構え

た。仕事のこと? 家庭のこと? それとも・・・ふと昔覚えた“窮鳥懐に入れば、

猟師も殺さず”という 古い格言がよみがえる。とりあえず相談にのらねばなるまいと

思った。

男は小心者だったので、相談事は自分で裁量できる範囲であろうか、果たして適切な

助言ができるだろうか、自分の一言でこの女の運命を左右するようなことになったら

どうしようか、とさまざまなケースを想定して少しばかり緊張した。

静かな小料理屋で話を聞いてやった。

「最近主人の挙動がおかしいのです。帰りの時間が不規則で午前さまの日が多くなり

ました。なにかこそこそしてるんです。それで私、主人がお風呂へ入っているときに

ケータイのメールを見てしまいました。そしたら、真知子という女とずっとラブラブ

メールのやりとりがあって、どうも浮気をしているらしいんです」

女は悩みをうちあけはじめると唇がまるで生き物のようにくねくねと良く動くのであ

った。律儀で理詰めで考える男は話のひとつひとつを整理して、それぞれの解決策を

提示しようとするのだが、女の話は途切れることなく続いていく。

この場合はこう、とその都度解決策があった方が女の気持ちが楽になるのではないか

と律儀に男は考えるが、きっかけがない。ついに男は頻繁に話をさえぎっては思いつ

いた解決策を口にだす行動にでた。すると、女は

「でも・・・」

と不満そうにして、まるでその解決策に対抗するかのように新たな悩みを訴えるので

ある。こうして男の提示する解決策を女はまったく無視していく。噛み合わないので

ある。

男がようやくこの女はただ悩みをしゃべりたいだけなのだと気がついたのは、だいぶ

時が経ってからであった。そして、帰るときのさっぱりしたような女の顔を見逃さな

かった。


戻る