ぼけのたわごと         文と写真は上一朝(しゃんかずとも)


大変お待たせいたしました。
大好評だった酩酊放談のシャンせんせい、装い新たに復活しました。
マニアシャンさんの喜怒哀楽が、第九に乗ってドラマチックに展開します。



“歓喜の歌”ならぬDVD



マニアというものは“どうしようもない”というお話し。

それは、タワーレコードのバーゲン品の箱の中に無造作に入っていました。

Otto Klempereという文字に目がとまり、手にとってみると、Otto

Klempereconductor Beethoven Symphony

No.9 しかもBBCの制作とあるではありませんか。一瞬、世の中にこんなもの

があるのか!と身体中のアドレナリンが騒ぎだしました。

このクレンペラーという指揮者は戦前から戦後にかけて活躍した、奇人と言われた個

性の強い著名な指揮者です。その奇人ぶりはというと、演奏会でブーイングをうける

と演奏を途中でやめてしまい客席に向かって「お前に俺の芸術がわかるか、出ていけ」

と怒鳴ったり、オペラの指揮が終わったとたん舞台に駆け上がりプリマの手を引いて

駆け落ちをしてしまうなど話題に困らない好きな指揮者の一人です。


話を戻しましょう。この手のDVDにはなんども煮え湯を飲まされていますので、慎

重に検討しました。絵はボヤボヤで音も悪く、なんとか映っているというものが多い

のです。値段を見ると表記の半額とあります。しかも、何度もバーゲンになったもの

で何枚もの値札が付いています。恐る恐るレジへ持って行くと1500円ということ

で、これならダメモトと買ってきました。

家に戻り、わからない英語に頭をひねりながらライナーノーツを読んでいくと、1,

2,3楽章は彼の同年代の演奏と同じ時間です。ところが4楽章は10分少ないので

す。ヤッパリという溜息と、誤植ではないか、欧米の物には結構あるので期待半分、

諦め半分でPCに入れました。


本篇が始まると、見つけた時の数倍のアドレナリンが流れ出し身体中がカーッとなり

ました。この時代、64年の物としては腰が抜けるほど絵がきれいなのです。音もモ

ノラルながら満足がいくものです。ディズニー映画「ファンタジー」まがいのカラヤ

ンのDVDなんか足元にも及ばない音楽に合ったカメラワーク。この時の嬉しさとき

たら、そりゃあなた……。

次は恐怖の4楽章です。それを待つ50分の長いこと。いつ消えるか、いつ消えるか

とヒヤヒヤしながら見ましたが、バッチリでした。完璧でした。誤植だったのです。

前にも増したアドレナリン、至福のひと時です。値段の1500円これも嬉しかった。


ここで終わらないのがマニアのマニアたるところです。

この、素晴らしい画はどうやって作ったのか。音楽芸術に歓喜するだけでは気が済ま

ないのです。フィルムリストアレーション何某とありますのでオリジナルはフィルム

であることは間違いありません。次にこのフィルムは生撮りか、キネレコか。映画技

術に興味のない方に解説をしますと、生撮りは、実写です。キネレコはTVの画面を

フィルムに撮ったものでビデオテープがなかったり、高かった時代に使いました。ア

ーカイブで見る古いドラマなどはこれです。DVDになっているので画質は変わって

いますが、キネレコではないようです。画面のトーンの豊富さからみると16ミリで

はなく35ミリかもしれません。もっとも、この時代の欧米のフィルムは優秀でした

から16ミリかもしれませんが。しかも、リップシンク。これはリップシンクロの略

で、唇の動きと音がぴったりと合っていることをいいます。このことから、実写、同

時録音であることがわかります。画面に映らないように何台ものカメラを使いすべて

のカメラに音がシンクロする。これは、細かいことは省きますが大変なことなのです。

もし、35ミリだったら気が遠くなるほどの金がかかります。これらの推理(笑)か

らこのDVDは、当時のテレビ放映用の映画であろうということで納得しました。と

にかく音楽そっちのけでこんなことをやるのです。(笑)


結論がでたところで、画は液晶テレビに、音はオーディオにつないで落ち着いて見始

めました。PCとは違う迫力に感動しました。しかし、時間が経つにつれ、ジーンと

きて涙が浮かんできました。それは、このような伝説の名演がいま見られることもさ

ることながら、彼我の文化の違いに暗然たる気持ちがわいてきたのです。


当時の日本の技術でこれに近いものは出来ました。ところが、音楽、芝居と碌なもの

が残されていません。あれも見たい、これも見たいというものが沢山あります。

古くは皇太子の婚礼中継や、この時代のオリンピック中継には莫大な金を使いながら、

文化というものには見向きもしません。戦争中なのに、大変なお金と手間をかけた歌

舞伎の名舞台が映画に残されています。このセンスはどこへ行ってしまったのでしょ

う…。と、余計なことを考えながら見ていても、湧き上がるのはやはり感激と感動で

す。

最後に、このDVDを作ったBBCと英国人の文化に対するセンスに拍手を送りなが

ら、「歓喜のDVD」を観終わりました。

再び言います。マニアというものは“どうしようもない”ですね。


戻る