9/18の主張             文は田島薫


(役人とサービスについて)

役人は公僕って言って、国民生活に支障がないか、いろいろな部分に目と気を配

り、国民が暮らしやすいように環境整備の作業なりサービスを行う者なのだけど、

最近は窓口などでも少し丁寧な物言いがされて来たらしいものの、一般のサービ

ス業とくらべると、まだまだお役人根性が消えてないようだ。

そう言うと、役人自身は、役人ってものはそういうもんで、なんで一般人と同じ

レベルのサービスをしなくちゃいけないんだ、って思うかも知れない。

もしそうなら、よく考えてみよう、役人は国民から徴収した税金によって養われ

ているのだ。国民がいなけりゃ役人は生活費をもらえないのだ。

そうだとすると、なぜ、一般のサービス業より役人のサービス業は、自分の都合

や偉そうな方法で運営されて当然だ、ってことになるのか。

例えば、それは善し悪しだけど、一般の商店が夜遅くまで営業したり、日曜休日

も休まず営業してるのに、役場は5時ぐらいに終わり、日曜休日はそのまま休み、

って具合のこととか、一般の営業なら経営赤字になれば、自分たちの給料をカッ

トしたり、場合によっては、私財を処分したりして営業費に当てるのに、役人の

場合は営業赤字でも、給料は自分たちで上げ続け、自分たちの経営の失敗で借金

が増えても、そのツケは国民の税金の値上げで補填し、自分たちは責任を負わな

いなど。

役人が一般人と違って優遇されるのは、国民の福祉のために働いているためだ、

って言うなら、例えば一般のサービス業などがどんどん営業時間を広げたり、そ

こで労働者が劣悪な待遇で働く非正社員化が進んでいる現状を見れば、役人がそ

の本来の目的に沿った仕事に励んでいることにはならないか、少なくとも結果が

出てないわけなのだから、全然説得力がないのだ。

役人は公僕なんだから、一般の職種の自分たちに都合のいいとこだけを自分たち

の待遇の目安にするんじゃなく、全体をバランスよく参考にし、時代の流れと共

に夜間や日曜休日に役所を開いたり、もっと給料を削減したりすべきなのだ。




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