フタヲしていた感覚
数ヶ月前からゴスペルを習い始めました。
切支丹でもないし、特にジーザスを愛する者でもないのですが、独特のハーモニーと
楽しさに惹かれて。
楽譜を渡され、実際に歌ってみると「コノ音符の音がワカリマセン」。そして自分が
何の音を出して歌っているかなど、サッパリ分からないのだ。残念ながら絶対音感は
持っていないけれど、父も母も音楽をやっていたし、子供の頃は地元の少年少女合唱
団に入っていたり、エレクトーン(懐かしい!)を習っていたり、吹奏楽部に入って
いたりしたから、少しはナントカなっていたはずなのに。ヘ音記号だってナントカ読
んでいたし、シャープやフラットが付いている楽譜だってナントカ演奏していたはず
だったし、バンドもやったことがあったのに。アタシっていう人は何じゃコリャと思
いながらスタートした。
でも、習っている楽曲はそんなに難しくないし、先生も「歌って楽しいことが一番!」
って感じの先生なので、リラックスしてレッスンしている。
そんで、今度ライブを行うことを目標にして練習を始めている。こないだのレッスン
であんまり乗らなかったので、先生が「歌ってさ、音符が合ってるとかも大事だしコ
レが正解って求める人もいるけど、それは私たちじゃなくても良いの。無表情で歌っ
てても楽しくならないじゃん。自分からどんどん楽しんで良いんだよ!」と言われ、
そりゃそうだと思った。そしてもう一度歌い始めたら、とってもハジけた人がいたの
でピピンときた。
楽しく歌うってなんて素晴らしいんだろうって思った。でも、それと同時に恥ずかし
さの感覚も湧いてきた。ワクワクのココロの上に、いつも能のお面を被せている自分
に気がついた。そのお面をとっぱらったら、自分はどうしてどうなっちゃうんだろう
って感じた。
たいていの人も同じだと思う。
今は恥ずかしくてとっぱらうことができないけど、何だかもうすぐとっぱらえるよう
になるんじゃないか、そしてもっとココロが自由になるんじゃないかと感じた。 |