●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
シティギャル・もどきさんの好評新シリーズ6回めです。


シリーズ・銀座の街角で   

 にごり酒

私の遠い親戚で、実家の印刷工場で機械工をしていたTさんがいる。工場倒産のた

めやむなく有楽町のガード下にある印刷工場に再就職をした。Tさんはそこで営業

に就いていたが、かなり有能だったのでついに社長にまで出世した。

異例の抜擢で、印刷もまだ斜陽業種ではなくTさんの絶頂期であった。あるとき

「印刷技術もすっかり進歩しているんだぜ。写植だの、高速印刷だの、昔と違うか

ら一度見に来ないか」

と誘いがあった。

私は喜んで工場見学をさせてもらった。

私の実家は活版印刷だったので何もかもが珍しかった。

ひととおり見てから、Tさんは

「もう一つ、社会見学としてみせたいものがある」

といって夕闇に包まれた有楽町の街にくり出した。私はてっきり(Tさんは社長だ

しィ、親戚だしィ、久しぶりだしィ、ここは奮発して銀座のステキな高級レストラ

ンでも連れて行ってくれるのかなぁ)と秘かに期待した。

ところがあてがはずれた。山手線ガード下界隈の路地にテーブルを出し、ビールケ

ースを台にして板を渡し即席の椅子にした赤ちょうちんの居酒屋だった。

背広にネクタイのサラリーマンが声高に飲んでしゃべって、みんなリラックスして

実に楽しそう。

「ここは接待で使うような高級料亭にはみられないサラリーマンの本音の生態があ

るからね。無理な緊張は無用だ」

Tさんは慣れたようすで奥の席に陣取る。(なにもサラリーマンの生態を観察した

いわけじゃないのに…ケチ!)私はがっかり。Tさんはお構いなしに

「女性にはここのにごり酒がおすすめだ」

といって焼き鳥やら他のつまみやらと一緒にテキパキと注文する。

それにしても高級イメージの銀座のすぐ隣に庶民的な飲み屋街。(やっぱり銀座は

大人の街、懐が深いや)と感じ入ってにごり酒を飲んだらほんのり甘い口当たりに

すっかりとりこになった。

「俺は自分の金で、こうして風に吹かれて気ままに飲む酒、これでずいぶんいまま

での苦境を乗り越えてきた。まあ今日は久しぶりに幼馴染に会ってこうして一緒に

飲んでいると生きていることの懐かしさのようなものを感じるよ」

すでに焼酎で顔の赤くなった苦労人のTさんの言葉が胸に沁みた。


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