●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、取材データからのシリーズ11回目です。


シリーズ問わず語り●蕎麦職人

飽食の時代のせいですかな、この頃やたらと蕎麦に対して“道”や“美学”をうんぬ

んしてはしゃぐ人がふえていますな。また定年退職者が暇をもてあまし蕎麦打ちには

まる話などもよく耳にします。それはそれでよろしいんですが、私にいわせれば“た

かが蕎麦”なんですよ。

蕎麦は古名ソバムギといいまして古くから栽培されていました。もともと米の不足を

補う代替食だったんです。なにしろ栽培が容易で労力がかからず生育期間が短いのが

特徴なもんですから、例えば旧盆が近づいた頃、今年は冷害で米が不作だ、なんてと

きに急いで種を蒔けば2〜3ヶ月でそばの実が穫れるのです。重宝でありがたいもの

ですが、いってみればあくまでも米の代役。だから、小腹が空いたときにちょっと、

という気軽な食べ物なんですね。

蕎麦というと“江戸っ子”とか“粋”とかというイメージが浮かびませんか? 最初

の蕎麦屋は江戸時代、享保の末頃浅草にできたといわれています。チャキチャキの江

戸っ子に愛されたんでしょうな。こんな話があるんですよ。見栄っ張りの江戸っ子が、

死ぬ間際に、「ああ、せめていっぺん、蕎麦をどっぷりつゆにつけて食いたかった・

・・」と本音を吐いたというのです。関東のつゆは濃いので蕎麦の先にちょいとつけ

て勢いよくすするのが粋といわれたんでしょうな。そうすると蕎麦の風味が生きて、

つゆの味と溶け合いうまくなるわけなのです。でも、もし薄味だったらどっぷりつけ

ても一向にかまわないと思いますよ。だからといってつゆの中に蕎麦をつけこんでぐ

るぐるかき回し、あげくに口に入れてクチャクチャ噛んだのでは蕎麦は台無しですわ

な。

もうひとつの楽しみ方は蕎麦屋の昼酒。てんぷら、いたわさ、山芋など種物の簡単な

材料を肴にあくまでも明るく、軽く、もちろん酔っ払うほどは飲まないんですけどね。

ちゃんとした蕎麦屋はいい酒を置いてあるものなんです。

どこか一軒なじみの蕎麦屋を見つけておくと、心が硬くなったとき、頭が混乱してい

るときなどは軽く一杯やりながらゆっくりくつろいで蕎麦を食べると気持ちがほぐれ

ますよ。今はやりの言葉でいえば旦那衆の癒し処と申しましょうか。

おっと、おしゃべりしているうちに注文のせいろがきました。

「へい、おまちっ!」


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