7/23の主張             文は田島薫


(政治批判について)

社会主義と資本主義、どうやら、現代では社会主義が行き詰まって、資本主義が

勝利し、世界じゅうでそれに向けた革新が行われていて、それのリーダーが米国

で、その標準化がグロバリゼーション、ってものだ、って風にわれわれが納得し

ただけで安心していたとしたら、世界の矛盾解決に逆行することになるのだ。


資本主義=自由経済主義、の、人の自由意志を尊重してる、ってことは悪いこと

じゃないけど、それがすべてで、人々がそれぞれの責任で経済活動や生活をして、

それで失敗して貧しくなることもあっても当然で、仕方ないことなのだ、何でも

国に保証してもらおう、って考えは人間の生き方としてはなさけない、私はもっ

と自由を尊重したい、などと得意そうにまくしたてているのは、たいていが、恵

まれた環境にいる者か成功者であり、どん底の環境でどうにもならない立場の者

は、そんなこと言わないはずなのだ。

もちろん、成功者の中には、かつてどん底のような貧しい環境から、才気と努力

で伸し上がったって者も多いかも知れないけど、その数よりも失敗した者の数の

方が断然多いのが現実なのだ。


いくら自由主義と言っても、機会の平等、ってことを実現しようとしたら、ただ、

政治が無策で野放し、個人の自由意志と行動に任せていたんでは無理なことなん

であって、だから、政治による政策で、それを形づくる必要があるのだ。

そういった意味では、社会主義、ってものが無効になったどころか、自由主義経

済が進めばますますその必要性が増すのだ。


社会主義と資本主義、どっちが勝った、って単純なこと言ってるだけの政治家や

学者の脳の働きは怪しいのであって、現実の庶民がどのような暮らしをしている

のかをつぶさに確認し、最底辺の庶民の立場をよく理解し、その底上げをして行

くのが、政治家の仕事なのに、それには考えもおよばずに、経済成長の数字と、

総平均の数字を出しただけで、庶民の生活水準の底上げができてる、って言い切

る政治家は無能、ってことになるのだ。




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