●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
大人気もどきさんの新シリーズ、クロネコ話の3回め。


シリーズ/人生ときどき猫●黒猫3

夜中にふと、あまりの重たさに目がさめた。体を起こすとドスンと何かが落ちた。手を

触れると猫だった。暗い中の黒猫なのでよく見えない。でもクロッキーであることはす

ぐわかった。温かいので私の布団の上で寝ていたのだ。私は布団をめくってクロッキー

を中に入れようとすると、猫は大きなあくびをしたのでもろに息が私の顔にかかった。

生臭い。「ゲッ、クサーイ!」あまりの臭さに私は猫を放り出した。猫は魚が好物なの

であたりまえなのだが、子供だった私は猫をぬいぐるみのような愛玩動物でしか見てい

なかったので、猫って汚いんだと意外に思った。大げさにいえば生きていくものは皆汚

なさにまみれるという新たな認識であった。

朝、母に夕べは猫で重たかったと話すと、

「お前が赤ちゃんでなくてよかったね」

といって、猫による殺人事件の話をした。猫はミルクが好きで、まだ乳臭い赤ちゃんに

近づき顔の上に乗り、丸くなって眠り、赤ちゃんを窒息死させたというものだった。こ

の話もまた猫の習性として私の記憶に残った。

ある日、私は思いついて猫に芸を教えこもうとした。よく犬にするようにごはんのとき

「おあずけ!」と命令した。だがまったく効き目はなかった。長いしっぽが目に入って

「しっぽふれ!」というとタイミングよくふってくれた。しっぽをふったタイミングと

は散々いじりまわした挙句なので、猫にとっては単なるうるさい!の合図にすぎなかっ

たのだが・・・

そんな調子で私が猫に芸を仕込もうと一生懸命になっていると、父に「動物に芸を仕込

むのはやめなさい。品性がなくなるから」といわれた。そのときはへえー、犬猫にも品

性があるのかなと思ったものだった。

正月かなんかの宴会の席でのことだった。その頃の男性は大抵タバコを吸っていて、部

屋には煙が充満していた。タバコはやらず大酒呑みだった植字工のナベさんが「愛煙家

という言葉があってなぜ愛飲家という言葉がないんだ?」とくだをまいた。すると、誰

かが「愛犬という言葉があって愛猫という言葉がないが如し」という名回答をいって皆

を笑わせた。

猫には品性とは関係なく、愛猫などという甘ったるい言葉を寄せ付けない身勝手さがあ

るように思う。その身勝手さはあまりにも堂々としているので猫好きにはそれがまたた

まらない魅力となるようだ。


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