●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
大人気もどきさんの新シリーズ、ネコ話の2回め。


シリーズ/人生ときどき猫●黒猫2

猫は居心地の良い所を見つける名人である。

印刷屋の猫であるウチのクロッキーは、夏は冷んやりとした新しい紙の積んである上に、

冬は刷り上ったばかりの生暖かい紙の上によく寝そべっていたものだ。それで機械工のバ

ンさんにいつも「邪魔!邪魔!」と叱られていた。

冬になると工場の真ん中にストーブが据えられる。そこもクロッキーのお気に入りの場所

だ。かなり接近してストーブにあたりながら寝込むので、よく体に茶色の焼け焦げをつく

った。鈍感なのだろうか。カラスの濡れ羽色で男前のクロッキーも台無しである。クロッ

キーの体に焦げ跡できるようになると冬も本番で、体の弱い私はその頃大抵風邪をひくの

であった。

春になると男盛りのクロッキーはごはんも食べなくなりたびたび朝帰りとなる。どこをほ

っつき歩いてくるのか、やせて薄汚れて目ばかりギロギロさせて帰ってくる。ケンカもた

びたびするので怪我が絶えない。気がついたときは片方の耳が1センチばかり裂けていた。

普段穏やかに半眼を閉じて日向ぼっこをしている姿とは打って変わって何かに憑かれたよ

うに目を血走らせているのは異常だった。猫にとっては動物の本能のままに行動している

のだろうが、そこには種族保存のために競争して、相手に負ければ自然に死ぬという覚悟

のようなものが感じられた。

文選工のモリさんは写真撮影を趣味にしており、クロッキーをはじめ近所の猫を好んで写

していた。当時白黒の写真だったので黒猫は格好の被写体である。モリさんはアサヒカメ

ラという写真雑誌に「真昼の決闘」という題で黒猫と白猫の睨み合った迫力あるケンカス

ナップを投稿し、入選したこともある。明るい日差しに緊迫して向き合った2匹の猫のコ

ントラストとくっきりとした影が一層緊張感を高め、子供の私にもいい写真だと思った。

モリさんはいつもカメラを持ち歩き猫のさまざまな情景をカメラにおさめた。

今思うに、モリさんの理屈とは“猫の体はそれ自体均整がとれて美しく、どんなしぐさを

しても興をそそるではないか。寝姿といい、じっと見つめる姿といい、じゃれつく姿も、

日向ぼっこも、すべて可愛さや癒しや近寄りがたさや賢さを感じるんだ。猫を観察してい

ると人間の心を投影することができるんだな”というようなものだったのではないか。こ

の理屈は猫好きに共通するように思う。


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