●新連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
今回のもどきさん、人気者車寅次郎にどうどうと苦言。


車寅次郎

多くのおじさんは映画「男はつらいよ」の通称フーテンの寅さんが好きである。我が

夫もファンでBS放送で「男はつらいよ」の再放送があるとよくチャンネルを合わせ

る。また私の知人は寅さんのジャケット、腹巻、帽子、トランクを揃え宴会の余興に

嬉々として「姓は車、名は寅次郎と発します・・・」と仁義を切る懲りようである。

彼らの言い分はこうだ。

「いまどき、あんな純粋な人間はいないぜ」

「そうそう、いつも相手の心を気遣うあのやさしさ、ナイーヴさ、癒されるねえ」

「目茶苦茶をやっているようでいて、なかなか自分なりの善悪のルールと価値観がし

っかりしているじゃないか」

そして最後に皆一様に嘆息交じりにこう結ぶ。

「あんな風に世間のしきたりに縛られないで気ままに生きてみたいもんだなあ」

寅さんの気ままな旅人生をうらやむのである。寅さんのような旅の空でのいっときの

甘いロマンスに憧れるのである。

これはいかにおじさんたちの日常が束縛の多い厳しい生活を強いられているかという

ことの裏返しかもしれない。結局、多くのおじさんたちは現実には寅さんのように生

きることは難しく、単なる願望で終わることを知っている。

そりゃそうだ。見ようによっては寅さんは甘ったれた生活なのである。男性版夢見る

夢子さんなのだ。娯楽映画として観ているぶんには面白いが、女の目から見ると実際

にあんな人が家族にいたら大変だろうなと思う。だから妹のさくらやおいちゃん、お

ばちゃんが寅さんに振り回されているのを見るとすっかり同情してしまうのだ。

寅さんは他人にはやさしく家族には甘えて迷惑をかける困った人なのだ。

そこで私は本当のやさしさって何かと考える。

寅さんのようなやさしさは物差しが自己中心的なのだ。だから勘違いが多い。そこが

映画の面白さともいえるが・・・

他人からよく思われたい、やさしい人、いい人と言われたい一心でするやさしさは偽

ものである。

真にやさしい人とは、まず自分に厳しい人である。

周りの評価など気にせずに自分も納得し、信念を貫ける人である。本当にやさしくそ

うすることが相手にプラスか否か考えてくれる人である。だから時として、拒否する

こともあるので、冷たくとっつきにくく思われるのだ。

寅さんの映画を観てこんなことを書くとおじさん達から「夢がないねえ」と怒られそ

うだが、女は総じて現実的なのだ。


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