●新連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
今回は、自分の身を使ってひとつの人生の形を見せた男、の話。



夢を売る男

世間一般のご他聞にもれず、中年になると小学校のクラス会を頻繁に開くようになった。

皆幼馴染なようなもので○○ちゃんと呼ぶような気安い会である。そのクラスメートの

中にUという男がいた。日に焼けた顔に口ひげをはやし、威風堂々とした風貌である。

笑うと人なつっこい愛嬌がでて、そのまま性格をあらわしていた。

「ナイジェリアではヒゲがないと男と認められないもんでね」

ナイジェリアから帰ってきたばかりのとき、ヒゲに手をやりながら照れくさそうに言っ

ていた。

「ナイジェリアでは何をしていたの?」

「一応、車の代理店をしていたけど…。ま、お金になることはいろいろしてたね。今考

えていることは、魚を乾燥させる技術を売り込むこと。あちらでは結構魚が獲れるんだ

けど、みんな腐らせちゃうんだ。もっと長く保存させる方法があるといいんだけどね。

ほら、鯵の開きみたいに。日本は魚の保存方法に優れているでしょ。その技術をそのま

まナイジェリアへ持っていけばすごいと思うよ。それからもう一つは地下足袋に目をつ

けてるんだけど…。あれはとても動きやすく指に力は入るし、絶対日本人の考えた優れ

もののひとつといっていい。ぜひ、外国に紹介してみたいねえ。こういうことを考えて

いるとワクワクしてきて…。性格かなあ」

最後の言葉は顔を傾けいたずらっぽく笑う。脂ぎった中年の顔ながら、目はキラキラ輝

いた少年のものだった。みんなはそんなUの夢とも野心ともつかない実体のない話を肴

にして飲む。

「資金はどうするんだい?」

「販売ルートはあるのか?」

「やめとけ、やめとけ。お前はな、思いつきはいいんだけどツメが甘いんだよな」

「そうだ、そんな商売気ださないで、石油成金の一人娘のハートを射止めて結婚しちま

うんだな」

感心する者、揶揄する者、賛否両論入り乱れて、こちらまでいっときではあるけれど共

に実業の夢をふくらませてしまう。

こんな話もあった。中国へ中古バスを送り込むというのだ。それは実際に営業したらし

い。けれども売上金の回収で失敗した。

「後進国は約束を守らず、お金の支払いが汚くていけない」

彼はそれほどめげた様子もなくつぶやいていた。それではと今度はアメリカを相手に塗

料を売り込む仕事に首を突っ込んだ。海水を汚染することのない船底に塗る塗料だとい

う。折しもエコロジー運動の広がっていたときのタイムリーな話であった。しかし、こ

れも資金を出した親会社がつぶれて借金だけが残り、しばらく身を隠すハメになった。

あまりの山気の多さにあきれて奥さんにはとっくの昔に愛想をつけられて逃げられてし

まった。

万事がこの調子である。なにかホラ話を聞かされているようだけど、

愛嬌のある顔といい、堂々とした押し出しの良さといい、誠実そうな物言いといい、な

にか引き込まれてしまう魅力があった。

その彼が最後に手を染めたのはヴェトナムでラーメン屋を開いたことだった。これが今

までの中でもっとも堅実な商売だったのかもしれない。結構長続きした。あるときその

彼が肝炎で急死したという訃報が入った。あまりにも突然でとても驚いた。初めは皆彼

一流の冗談ではないかと信用しなかったが、ひとりが代表で親族に確認しにいって本当

であることがわかった。長寿の現代では若死にの部類に入るだろう。“太く短く”を地

で行ったような人生だった。しかし世界を股にかけやりたいことをやり幸せで充実した

一生なのではなかったか。外野応援席でハラハラドキドキの破天荒な夢を見させてくれ

たUにお礼をいいたい。


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