8/28の主張             文は田島薫



(愛国心について)

なんだか最近は小泉首相の靖国神社参拝への海外からの批判をよそに、そこへ参拝

する若者もいっぱいいるようで、それでも、全体から見れば、わずかだろうと思っ

てたんだけど、どうも、首相の参拝に賛成する国民もけっこういて、そういう立場

である安倍さんが次期首相候補として人気ということだと、おいおい、大丈夫かこ

のままで日本は、って気持になる。

安倍さんは「美しい国」などという本を書いて、命をはって国を守ることを勧めた

りしてたり、若者も、わが国のために命を捨てた英霊をお参りすることがなぜいけ

ないことなんだ、って感情的になったりしている。


国を守ろうとしてがんばって死んでいった人々に心を動かされたり、感謝したりす

る、って形はそこだけ見るとわかりやすいし、だれだってそういう心は持ってるは

ずで、外敵から自分の恋人や肉親や家族を守ろうとする気持は万国共通だろう。

ま、その外敵ががあきらかに犯罪者のようなものだったら美談ということでいいの

かも知れないけど、それが国同士ってことになると、外敵が相手国から見ればこっ

ちが外敵ってことになるわけだから、自国の責任をみとめないまま愛国心って言葉

だけで、他国からの批判を敵視し、自己正当化を続けたらけっきょく、自国のため

ならなにをやってもいい、って論理になり、戦争になってしまうだろう。


愛国心って言葉を政治家が言い始めたら、実は気をつけなければいけないのだ。

国を守る、ってことと、自分の家族などを守るってことをイコールに考え勝ちだけ

ど、それは悪徳や無能の政治家がそのように国民が思い込むようにしむけるのであ

って、それは前回の開戦の経緯とその国民に向けた説明を知ればわかるはずだ。

けっきょく利己主義と利権拡大をもくろむ連中が作ったシナリオを真に受けて、わ

が国の数百万の家族や恋人たちとニ千万の他国の家族や恋人たちを死においやった

のだ。(それは負けたからだ、勝てば問題なかった、ってことでは決してない。)

それについて責任を自ら負うものはだれもいず、今日でも、愛国心、といった言葉

で他国を敵視する企みに簡単に乗せられてしまう傾向の人々は、物事を知る努力が

足りない愚か者の立場なのだから、みんなで気をつけよう。




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