●新連載
虚言・実言 文は一葉もどき
横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
今回は、もどきさんの思いっきりのお洒落がわかります(?)。
誕生日―私の場合
ココア通信7月24日号「がたやま娘のひとりごと」の「お誕生日」が面白かったので、
私の体験も書きたくなった。
私の誕生日は6月20日である。今年はトルコ旅行中に迎えた。旅行も終盤にかかりイ
スタンブール到着。
列車で入り朝の食堂車でのことだった。ツアーのケバい添乗員が寄ってきて耳元で囁い
た。「あなた、今日の夜は12階の高級屋上オープンレストランでのディナーだから、
思いっきりお洒落してきてね」
私はえーっとなった。お洒落をすることなど想定外だったので、真っ当なディナー服な
ど1枚も持ってきていない。このケバい添乗員の服の1枚でも借りたいくらいだ。
ケバい添乗員と呼んだ所以は毎日とっかえひっかえ派手なロングドレス&靴を着替えて
現れるからだ。旅行するいでたちとは縁遠いパーティの装いのようである。あの大きな
スーツケースの中は衣装がいっぱいね、と皆囁きあったものだ。ツアー客の目を楽しま
せるためのサービス精神なのか単なる目立ちたがり屋なのか、わからないが、なかなか
存在感があってしかも仕切るのがうまい。ちょっとツアー客がわがままを言うと「ここ
は日本じゃないの、トルコなんだからね」と一喝する度量もあった。私はこの添乗員に
ずいぶん世話になったし、そんなちょっと姉御肌なところに惹かれるものがあったので
強烈な印象となった。
さて、いよいよ夕食。予告どおりの屋上レストランでは360度ぐるりイスタンブール
の町並みが見渡せるそれは美しい眺めであった。眼下にアヤソフィア、ブルーモスク、
ガラタ橋、金角湾にマルマラ海、まるでイスタンブールを独り占めしたような気分だ。
6時過ぎとはいえ、まだ陽は空の端っこで金色に輝いている。皆も感動してひとしきり
カメラタイムとなってから食卓につく。
そのとき例の添乗員がおもむろに立って「今日、このイスタンブールで誕生日を迎えた
ラッキーな人がいます」と私の名前を告げた。同時にウエイターが大きなケーキをしず
しずと運んできて私の前に置く。ケーキに飾られたミニ花火に火が点けられパチパチと
華やかな火花が散ると共に大きな拍手に包まれた。
添乗員の朝の囁きが今になって理解した。嬉しいサプライズだった。こんなに大勢にそ
して華やかに誕生日を祝ってもらったのは生まれて初めて。もう感激ものだった。
今、それを思いだしながら、そのとき撮影された埃にまみれたカジュアルな服装でニッ
と笑っている私の写真を眺めている。添乗員の親切な忠告を聞けばよかったという後悔
をちょっぴり味わいながら。