●新連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
今回は、おじいさんについての感想と希望。



おじいさんPART2

めっきりあったかくなったし、桜も咲いたことだし、もう重いオーバーなんて着ること

はないだろう、春先は洗濯屋のかきいれどきで混むので早手回しにしておこう。カリス

マ主婦を目指す私は、そう考えてオーバーコートを洗濯屋に持っていくことにした。駅

へ行く途中に馴染みのクリーニング店がある。出かけるついでに寄っていこうと電車の

時刻表を見て、十分近くの余裕をみて家を出た。

クリーニング店に行くと先客があった。しかも応対しているのは、いつもの小太りで愛

想のいいおばあさんではなく、鼻めがねのおじいさんであった。

嫌な予感がする。

このクリーニング店はいままでご主人の姿は見なかったので、ご主人はサラリーマンで

奥さんの副業として取次店を経営しているパターンのようだった。それが、最近ご主人

が退職して店の手伝いをするようになったのではないか。

おじいさんは慣れない手つきで出された洗濯物を克明に調べている。

「染み抜きはありませんね?」

おじいさんは念を押す。染み抜きがあると料金が加算されるからだ。

「普通のクリーニングでいいです」

大学生とおぼしき若者がわけのわからないことをぼそぼそと答える。「お名前は?」

とおじいさん。私は電話番号を入力するとお得意さんの必要なデーターは出る仕組みに

なっていることを知っている。まず電話番号を聞くべきだ。手順が悪い。おじいさんは

電話番号を聞いてから再び名前を確認する。おじいさんは確認作業を決して怠らないの

だ。料金や引換証の受け渡しにすべて確認作業が入り、いつものおばあさんのようにち

ゃっちゃっと仕事が運ばない。後ろで待つ私は電車の時間を気にしているのでイライラ

してきた。だからといってこのまま重い荷物をもって出先へいくわけにはいかない。じ

っとガマンの子である。

とかくおじいさんのマイペースと物事へのこだわりは随所で見聞きする。あるおばあさ

んが嘆いていた。

「ウチの人、定年退職後に蕎麦打ちに凝っておいしい蕎麦を作ってくれるのはいいけど、

台所をめちゃめちゃ汚すのよね。それに日曜のたんびに蕎麦ってのも飽き飽きしたわ」

また、スポーツジムでマシンを使うと後の人のために備えつけのタオルで拭くのだが、

丁寧に拭くのはおばあさんよりむしろおじいさん。家でこだわりの整理整頓上手なおじ

いさんもいる。

とかく女は細かいとよくいわれるが、意外とおおざっぱなところがあるようだ。赤ん坊

をあやしながら、食事を作る、料理も魚を焼きながら味噌汁をつくれば野菜も刻む、な

んて仕事の同時進行を余儀なくされるから、臨機応変、適当路線で暮らしてきた習慣が

身についているからかもしれない。

ところで、悪い予感は的中して私はクリーニング店で時間をとってしまい、ついに電車

に乗り遅れてしまった。

おじいさん、頑固にならずに早く仕事に慣れてね。


戻る