連載●文は文はクボユーシロー

貞熊遺伝研究所4


(アート2)

寒くなるとラーメンのテレビ番組が増える。先日はラーメンチェーンの

社長の話だった。彼は奥さんと二人で屋台から身を起こし、今では国内

だけでなく韓国や台湾にも店を持つという。

ところが最近のラーメンブームでいろいろなラーメン屋が全国に乱立。

有名店から独立した若者や他の飲食業からの転向組などがなかなかの評

判だったりで、その社長のチェーンは売上ダウン。店長たちを集めた会

議で『常にお客様に感動を与えるんだ、暖簾に頼っちゃだめなんだ。』

と口の周りを泡だらけにして怒鳴っていた。しかし、社長本人がカウン

ターに立っている店もテレビに映ってたが客の姿は寂しかった。

社長は何を思ったのか、奥さんとアメリカに飛んだ。自信作である『と

んこつスープ』のラーメンがアメリカ人に通用するのか、初心に帰って

二人で屋台でチャレンジするというのである。

彼が選んだ場所は観光都市ラスベガスの大きなホテルの脇、たくさんの

ホテルに断られやっと3時間だけOKが貰えた。その町の中華街から仕入

れたスープ用の豚骨、それを一本づつ折る『こうやって丁寧にやらない

とうまい味は出ない』と自分に言い聞かせるようにしゃべる彼の顔は自

信に満ち嬉々としていた。

300杯分のラーメンを仕込んだ、奥さんと二人きりでたった3時間の営業

なのに。最初は誰一人試食の焼豚にさえ寄り付かなかったが、一組の

カップルが食べると次々と客が寄ってきてとうとう3時間で完売してし

まった。客たちも口々に『初めて食べたが、旨かった。』と満足な表情

をしていた。

ラーメンチェーンで大成功し莫大な金を稼いだ。その初老の男が再度一

から出発し、もう一度人々に感動を与えてみようとなぜ思ったのか。

『自分の作った味はもうだめなのか』『そんなはずは無い』と自答自問

した彼の心理の後ろにいったい何があったのか。

彼にとってラーメンは自己表現(アート)のメディアなのではないか、

彼は生きてる限りそのアートパフォーマンスを止めないのではと思う。 

つづく


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