●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
今回は、もどきさん、父のこだわりが時を経て今わかりました。



槻の木


私の手元に父の形見として古びた一冊の短歌の同人誌がある

表紙はシンプルな白地に横書きの行書体で『槻の木』とある。

昔、私の父は短歌が好きで先生を迎え、同人誌を発行していたのだ。

印刷屋をしていた父はこの『槻の木』の発行を大事にしていて、どんなに忙しく

ても人任せにせず自分で活字を拾い印刷をし、発行した。

私は、積み上げられたその本を日常的に目にしていたのだが、どんな内容の本? 

とか、名前の槻の木って何? とか興味を持つにはあまりにも幼かった。

ただ、父が大切に思っていることだけが記憶に残っている。

そして最近「あっ」と驚くことがあった。

人から頂いた本で『万葉植物逍遥』というのを読んでいて、『槻の木』とは、欅

の古名ということを知ったのだった。

そのときの驚き。

この歳になって初めて知った槻の木の正体。

『槻の木』とは欅の古名で、短歌の古典である万葉集にも詠われているという。

大樹になるので、ご神木として扱われ、例えば大國魂神社の境内の欅は有名なの

だとか。

もっと早く知っていれば、いや、疑問をもって調べていれば、欅を見る目が変わ

ったのに・・・父のこだわりに気がついたのに・・・欅を見る思いはもっと深ま

ったのに・・・

私の家の近くの公園にも立派な欅があり、通るたびに愛おしく眺めていた。

欅は大樹となり、天にそびえ立ち、夏は葉を茂らせ広い木陰をつくり、葉を落と

した細かい枝先はまるで繊細なレースのようでそれは美しい。

もし、もっと早く槻の木が欅と知っていたら・・・もっと深い思いで眺めていた

のに・・・

自分の怠慢を嘆き、ちょっと損した気がした。


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