映画だ〜い好き 文は福原まゆみ
尾形映画プロデューサーの友人が仕切る映画制作会社で働く映画好き女史が
エッセーを連載してくれてます。
映画女史、不当に叩かれたジャーナリストのドキュメントを応援です。
ドキュメンタリー『標的』
西嶋真司監督作品『標的』が完成し、海外の映画祭出品と国内配給を進めている。
いくつかの映画祭には通らず、大いに期待していただけに現実の厳しさを思い知る
こととなった。ところがある日、有名な素晴らしい映画祭から招待状(合格通知)が
届き、嬉しさのあまりFacebookに投稿しそうになる。危ない危ない。映画祭側が
記者会見して情報解禁するまでは、秘密にしていなければならないのだ。
Facebookでフライングしては、折角の合格も取り消されかねない。あと数週間、
公式発表を大人しく待とう。
『標的』は結構な問題作だ。なぜか。慰安婦問題が絡む内容だから、撮影している
時からそうだったはずだが、上映する時も妨害が起こりかねない。
朝日新聞記者だった植村隆氏が、元従軍慰安婦として名乗り出た金・学順さんの存
在を記事にし、そこから慰安婦問題が浮上することとなった。それから23年後、
Y.S.氏、T.N氏により、植村氏の当時の記事が捏造だったとして叩かれ、世間一般
での植村バッシングに火が付いた。従軍慰安婦の存在を認めない人たちからの脅迫
に次ぐ脅迫。ご家族(特に娘さん)や職場まで脅迫の手は伸びる。「死ね」だの「殺
す」だのと書いたはがきが届き、脅迫電話は鳴り止まない。今の時代だ、当然
SNSでも卑劣な写真・文章が山ほど飛び交う。植村氏は言う。「脅迫してくる人
が姿を現すことはない」。みんな隠れて攻撃してくるのだ。
そもそも植村氏は捏造記者だったのか。それは数々の裁判を経て、捏造ではなかっ
たと認められている。にも拘わらず、Y.S氏、T.N氏側に捏造だと誤解する十分な理
由があったとされ、名誉棄損には当たらないとして、結果植村氏側は勝訴できなか
った。つまり敗訴となったのだ。これが世間でどう捉えられたかと言うと、植村氏
敗訴=捏造記事だった。と、裁判とは逆の捉えられ方をしてしまった。捏造記者と
言うのはジャーナリストに対する死刑宣告だ。こうして攻撃の標的とされた植村氏。
この問題は植村氏個人の問題ではなく、ジャーナリスト全体の問題なのだと語る。
本作は直接的に従軍慰安婦問題を追求するものではないし、プロパガンダと捉えら
れるのも違う。一人のジャーナリストの身に起こった理不尽な出来事と、巻き添え
をくらって命の危険に晒された娘さんの、勇気ある決意の物語。そして、民主主義
の根幹を揺るがす、ジャーナリズムの危機の話なのだ。
2021年/99分/カラー/日本
監督 西嶋真司
音楽 Viento
出演 植村隆、金・学順、神原元