映画だ〜い好き        文は福原まゆみ


尾形映画プロデューサーの友人が仕切る映画制作会社で働く映画好き女史が
エッセーを連載してくれてます。
映画女史、監督とスタッフとキャストの仕事の見事さを感じたようです。




【すばらしき世界】


西川美和監督の撮影現場を覗いてみたい。スタッフやキャストとどんなふうに接し、どん

なふうに演出をしているのだろう。脚本を書く時は実家に籠ると聞いているが、母の友人

の姪子さんだと言うから、私の実家と近そうだ。その環境がどの様に影響しているのか、

もしくはしていないのか…。ぜひとも知りたいところだ。


人生の大半を刑務所で過ごした殺人犯・三上が、刑期を終えて社会復帰しようとする。そ

れに目を付けたテレビマン・津乃田が、三上とその母との再会をドキュメンタリー番組に

しようと密着取材する。善良さと子どもの様な単純さを合わせ持つ三上は、善が通らなけ

れば感情を剥き出しにして暴れてしまう。ままならない社会復帰にもがく三上に、周囲の

人間は時に突き放し、時に温かく見守ろうとするが…。


タイトルがストレートに世界を素晴らしいと宣言しているが、西川作品なら絶対に安易な

ヒューマニズムに陥る作品ではないだろうと思っていた。元ヤクザが出所したら…。時代

設定を原作から離れて現在とし、既に固定化された過去の出来事にしていないところが良

い。「反社」という単語が現代を切るナイフの様に活きてくる。しかしそれは両刃の剣だ。

一度殺人を犯したヤクザに、更生の現実的チャンスはあるのか。それを受け止める器とし

て、現代社会は十分に熟しているのだろうか…。どちらも成熟が必要であり、どちらも人

間である以上完璧にはなれない。行ったり来たり、揺れるのだ。そう感じ取りながら、ふ

と西川監督作品の『ゆれる』を思い出したりした…が、それはまた別の話。

元ヤクザが主人公であるのに所謂ヤクザ映画とは路線が違う。元ヤクザ自身が表社会で生

きるのか、裏社会に戻るのか、ポイントはそこにはない。寧ろそのやっかいな浦島太郎が

放り出された世界は一体どうなのか。そこに生きる人々の方に目を向けさせられるものだ

った。だから最後、三上を取り囲んでいた人々が、不自然に全員集合していたのではない

だろうか。カーテンと言う何気ない小道具で三上の運命を表現した監督が、取って付けた

様に全員を集めたのには、そんな意味があったように思えてならない。「で、この世界、

どう思う?」と問われている様で、私自身も揺れている。


役所広司は本当に振り幅の大きな役者だ。知ってはいたけど、一本の映画の中でこんなに

も自在にシリアスとコメディに振り切るとは。凄いな、役所広司!


『すばらしき世界』
2021年/ 126分/日本
監督 西川美和
脚本 西川美和
撮影 笠松則通
音楽 林正樹
出演 役所広司、仲野太賀、橋爪功、梶芽衣子、六角精児、北村有起哉、長澤まさみ


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