●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
それがもどきさんの記憶を呼び覚ましました。



『滄海』という言葉


新聞のある言語学者のコラムを読んでいたら、『滄海』という文字が出てきて、ど

きりとした。懐かしいような恥ずかしいような、甘いような苦いような、この字の

ように複雑で難しい。

漢和辞典を引いてみれば文字通り、“青い海”とある。

そのコラムの言語学者は中国、唐の時代にさかのぼり、詩句「滄海変じて桑田とな

る」から引用したもので、大海原が桑畑に変わる、という意味に転用、“滄海の変”

というふうに使われたと説明していた。そして、もっと古い出典は『神仙伝』にあ

るという。

私にとってそんな小難しいことはどうでもいいのであって、ただ『滄海』は今でも

頭に刷り込まれた文字なのだ。

高校時代、私は書道部に入っていて隷書を習っていた。他の部員は楷書や行書が多

いというのに。

あるとき文芸部の部長がやってきて、新しく文芸誌を発行するので、表紙に「滄海」

という題名を書いてほしいと頼んできた。

その部長とは同じクラスメイトなのにあまり口をきいたことがなかったので、とて

も驚いた。彼は地味で寡黙な男子で私も大人しい高校生だったのだ。

ああ、この人は小説家をめざしていたのか、とまじまじと顔を見つめたくらいだ。

彼はよく遅刻をしていて、先生に「どうした?」と理由を聞かれると毎回、ユニー

クな言い訳をするのが常だった。

彼は夜型人間で、きっと夜中に小説を書いていたのだろう。

その文芸誌はガリ版刷りの素朴な冊子で、読むと、随筆から詩、小説まであり、か

なり背伸びして力んでいるような印象を受けた。モダンかクラシカルか、ラジカル

かコンサバか、方向性がよくわからなかった。

「滄海」という漢文調の重々しいタイトルをつけるくらいだから、理想が高く、頭

でっかちに多くの知識が詰まっていたのだろう。

私はただ、言われたままにA4の表紙の上部に横書きで生意気にもちょっとカスレを

入れて『滄海』と隷書で書いた。

彼はカスレを入れないでくれ、と注文をつけた。

何度か書いてようやくOKが出た。

青い大海原を力強く船出したイメージある。

果たして当時の高校生が中国の出典を知ってつけたのであろうか。

今思えば、高校生らしからぬ渋い名前のような気がする。

「滄海」の名前といい、隷書を書くことといい、かなり背伸びした自意識が高かっ

たのだ。

青春真っ只中の忘れられない思い出。


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