●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん小さな鳥と人とのささやかな会話を楽しんだようです。



シリーズ 老いの賜物 その2

カワセミ


その日は、朝からすっきり晴れて3月にしては珍しく春めいて暖かかった。

私は買い物へ行く途中、気分転換にとまわり道をして近所の菊名池に寄った。

寒さが続いたあとの僥倖のようなうららかに晴れた朝。

大木に囲まれた広場の隣にある池は決して大きくはないが、対岸は桜並木、しかも池

側のその枝は池の水面すれすれまでどっしりと垂れて、桜の季節と紅葉の季節はなか

なか風情である。反対側は遊歩道とベンチがあって地元の憩いの場となっている。

こんな日、誰も外へ出たくなる思いは同じらしく、公園はすでに散歩する人がいつも

より多かった。

その一角にカメラの三脚を立てた集団があるのを見つけ驚いた。

カワセミの撮影を狙っているのだ。

以前から菊名池にはカワセミがやってくると評判だった。春めいた日はカワセミがや

ってくる絶好の日和らしい。

枝垂れた桜の枝の手前に少しだけ枯れた葦が残っており、7〜8人のカメラマンがか

たまってその方向にレンズを向けている。

どうやら、池の葦にカワセミが止まっているらしい。

私はカメラマンの集団から少し離れて立ち、カワセミを探した。

小さなカワセミはなかなか見つからない。ああ、双眼鏡を持ってくればよかったと思

った。

そのとき、中年の男性がつと寄ってきて、

「ほら、あの葦の右側あたりですよ。オレンジ色が見えるでしょ。あ、下に飛んだ! 

ほらほら、あそこ!」

と指差す。私は指の先に目を凝らす。

「あ、今度は桜の枝先の止まりましたよ、魚を狙っているんですよ」

「あ、ほんと! 見えたわ!」

私は美しい色のカワセミを見つけて興奮した。

カワセミはブルーとオレンジ色が鮮やかな小さな鳥、漢字で翡翠と書くほど青い宝石

のように美しい。もっとしっかりと見たいと思ったが肉眼でははっきりしなかった。

声をかけてきた男性はバードウォッチャーらしく小さなリュックを背負い、首から双

眼鏡を首からぶらさげていたが、さすがに貸して、とはいえなかった。

「ホウバリングって知っていますか?」

男性は話好きらしい。

「いえ」

「ほら、ヘリコプターが飛んだまま一か所にとどまっていられるでしょ。カワセミも

ホウバリングをやるんですよ」

ふ〜ん、なるほど。なかなかこの男性は詳しい。隣町に住んでいるとかで朝の天気を

見て駆け付けたという。

「カワセミはきれいですねえ、ボクは追っかけをしているくらいなんですよ」

と笑う。

私は10分ほどカワセミを見、男性とおしゃべりをして池を離れた。

ほんのひとときのカワセミとの出会い、見知らぬ男性との出会い、日常とかけ離れた

会話、こんな日があってもいいな、とほっこりした気分だった。


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