映画だ〜い好き 文は福原まゆみ
尾形映画プロデューサーの友人が仕切る映画制作会社で働く映画好き女史が
エッセーを連載してくれてます。
映画女史、年始に観た映画選択も成功のようです。
初シネ
今年初めて観るシネマ、略して初シネ。ご近所の早稲田松竹でやっている成瀬巳喜男特
集にしようかと思ったら、31日と1日のプログラムが同じだったため、予定を変更。
渋谷のイメージ・フォーラムでやっている『アタラント号』を観た。たった4本の作品
を残し、29才で世を去った、伝説の映画作家ジャン・ヴィゴの遺作だ。
アタラント号は、運河を行き来する運搬船。日本で言うだるま船のようなものらしい。
物資を運ぶ船だけど船長の住処ともなっていて、新婚の船長夫婦と水夫二人、それに個
性豊かな猫たちが乗っている。新婚さんたちは当然ラブラブなハネムーン期を過ごし、
やがてちょっとした倦怠期がやって来る。パリに着いた時、田舎育ちの新婦がパリの魅
力に取りつかれ、家出ならぬ船出をしてしまう。すったもんだの挙句、何事も無かった
かのように、アタラント号は一家を乗せて今日も行く〜と言った内容。いったん乗った
人生の航海からは降りられないのだ。
甲板に干される洗濯物、バケツで汲む水、狭い生活空間、共に暮らす面白い猫たち…etc。
船上で繰り広げられる小市民の生活がなんともほほ笑ましい。流れるように映し出され
るフランスの風景にも目を奪われる。トリュフォーの『大人は判ってくれない』の冒頭
は、車でパリの街が移動撮影されているけれど、これは『アタラント号』からヒントを
得たのではなかろうか。
驚いたのは水中撮影があったこと。新婦のドレスが揺れ、新郎のアップと重なるシーン
はあまりにも美しすぎて忘れられない。お伽噺の世界に引き込まれたような感覚を覚え
た。一つ一つのシーンがとても瑞々しく、尊く、何度もくり返し観たくなる映画だ。ジ
ャン・ヴィゴ―が映画史に大きな足跡を残した理由がよくわかった。
『アタラント号』
1934年/88分/モノクロ/フランス
監督 : ジャン・ヴィゴ
撮影 : ボリス・カウフマン
音楽 : モーリス・ジョベール
出演:ジャン・ダステ、ディータ・パーロ、ミシェル・シモン