●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんの、友人を見直した思い出。


キュウリ夫人


今、まさに胡瓜の旬である。

「胡瓜は歯切れの良さと香りと色どりです」

テレビで料理家がきっぱりと言っていた。

過不足のない的確な説明である。

すると記憶の底にあった昔のある出来事が、ふと思い出された。

子供の小学校で、PTAのお母さん方で鎌倉の源氏山へハイキングに行った。

その頃は共働き夫婦は少なくPTAが盛んで、昼間暇のあるお母さん方の集まりが活発

だった。このイベントに20人ぐらいは集まっただろうか。

呼びかけたのはミンチン女史。

しっかりしていて常に人の上に立ってテキパキと物事をまとめるのが巧いのだが、

ちょっと理屈っぽく堅すぎるので煙たい存在。それで小説『小公女』に出てくる校長

をイメージして私たちは陰でそうよんでいた。

当日、集合場所に行くとミンチン女史の姿が見えない。聞くところによると、

急用があって、遅れるので、後から追いかけお昼頃合流するという。

そこで、私たちは予定通りに出発。鎌倉のお寺を少しだけまわったりしてから、源氏

山をゆっくり登りだすとミンチン女史が後からようやく追いついた。

そしてお昼時、私たちは思い思いに木陰でお弁当を広げた。

まだ、コンビニもない時代である。それぞれ手作り弁当だった。

私の隣にミンチン女史が座った。

見ると、彼女の弁当はタッパーの中にごはんを詰め、海苔をのせ、脇にきゅうりが1

本ゴロンと置かれているだけだった。

「とにかく忙しかったのよ。キュウリ切っている暇なくて、とりあえず漬物の中から

1本取り出して入れてきたの」

彼女はちょっと言い訳のように言ってから、ぬか漬けで緑に深さを増したきゅうりを

音立てて丸かじりした。そのカリカリの音のさわやかなこと、うまそうなこと。

「わっ! おいしそう!」

私は思わず声をあげた。

私の物欲しそうな目に気がついてミンチン女史は、

「食べる?」

と言って、3分の1残っていたきゅうりを差し出した。

私は喜んで、自分の卵焼きと交換した。

私はミンチン女史を見直した思いだった。

彼女には融通のきかないただの堅物ではなく、物事を臨機応変に処理できる懐の深い

人だったのだ

それ以来、私はミンチン女史をキュウリ夫人と密かに呼んだ。


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