●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんの悲喜こもごも買い物シリーズの7。


シリーズ こんなもの買った

サンマ


ご近所の友人からたくさんのかぼすを頂いた。

深緑色のゴルフボールのようなかぼすは固く持ちがいいので、これからの季節に

重宝する。

今ならまず頭に浮かぶのは、焼いたサンマの上からじゅっとカボスを滴らすこと。

思っただけで唾が出る。

よし! 今日の夕食はサンマで決まり! とホクホクした。

もともと魚嫌いだったのに、今は大の魚好き。変われば変わるものである。

私の魚嫌いは小さい頃の思い出のせいかな、と思うことがある。

私は小学校2年生で東京の西巣鴨へ引っ越してきた。隣は魚屋だった。

その魚屋は子供が8人という子だくさんで、長男はもう成人していたが、末っ子

はちょっと知恵遅れの男の子で6年生だった。

その子はまー坊と呼ばれ、家族にはもちろん、印刷屋の我が家の職人からも可愛

がられていた。

が、実は陰で弱い者に対しては大変ないじめっ子なのだった。

運悪く私はそのまー坊と同じ小学校に1年間一緒だったのだ。

全校生徒が一緒に校庭で遊ぶ休み時間に、まー坊は、私を探し出していきなり髪

を引っ張ったり、追いかけたりした。

私は母に言いつけるのだが、母はご近所で遠慮をするのか、自分で隣の魚屋へ文

句を言いに行きなさいという。

仕方なく、私は一人で隣の魚屋へ言いつけに行った。

魚屋の店先は濡れていて、魚の生臭さに満ちている。

暗い奥には、水をいっぱいに溜めた大きな樽にまな板を渡し、出刃包丁をもった

おじさんが仁王立ちになっていた。

店先には前が真っ黒に汚れた割烹着を着た痩せたおばさんが掃除をしていて魔女

のように箒をもっていた。

私は懸命にまーちゃんが…まーちゃんが…としどろもどろに言いつけたのだが、

何と言ったのだか覚えていない。

ただ、前歯のすっかり抜けたおばさんの笑い顔が怖かった。

それ以来、魚屋を敬遠し、魚が嫌いになったような気がする。


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