思いつくまま、気の向くまま
  文と写真は上一朝(しゃんかずとも)


シャンせんせいのガンリキエッセー。
シャンせんせい、人の振り見てまだわが振りは大丈夫かも、と思ったようです。





裏切り者





家電量販店の広い駐車場をカッコいい車が走ってくる。

車は出口に向かうために右折したとたん、急に持ち上がりガクンと落ちた。事故かと思った

らなにごともなかったように目の前を通り過ぎて行った。車はバブル時代の寵児であった日

産のシーマグロリア

運転者は70代後半にみえる品のいい老人であった。先ほどのガクンが気になったのでそち

らの方を見て納得がいった。右折するときに駐車場の車止めを乗り越えたのだ。


これを見て半世紀前の自動車教習所での座学の教師の言葉をおもいだした。「自動車と言う

ものは釘一本轢いてもわかるものだ」と。そのときは信じられなかったが、後日実技のとき

に助手席に乗った指導員からおなじことをいわれ、「あの小石を轢いてみて」といわれた。

言われたとおりにやってみたらたしかにハンドルをとおして石の感触がつたわってきた。

その後、車庫の出し入れの練習をしていると、距離感がつかめずなんども縁石の角に乗り上

げてしまう。そのときに言われたのが「タイヤが少しでも当たったら車を止めなさい。縁石

に乗り上げるまではいいが、のり越えてしまってはいけない。これは事故を自覚するかどう

かということだから、のり越えたときはひき逃げをしたと思いなさい。」といわれた。ふし

ぎなことにこの言葉だけはいまだにわすれない。


あの、シーマ老人は車止めに当ったのはわかっていたはずだ。やや骨董品に類する車を大切

に乗っている人がむちゃな運転をするとはおもえない。きっと車を止める事ができなかった

のだろう。このようなことを目の当たりにすると、高齢者の免許返納もやむをえないことだ

と思う。しかし、こんなことを書きながら、運転免許証をもっている自分は裏切り者なのだ。


戻る