●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、巷での見聞きを話にしましたシリ−ズ 7



シリーズ 男模様女模様

高い場所


退職後、男はイアフォンをつけ音楽を聞きながら、都内の公園を散歩するのを楽しみ

としていた。

その日は浜離宮に出かけた。

真夏を思わせる暑い日で、木陰を求めてブラブラ歩いていると、川縁の遊歩道の片側

が小高かくなっていて大木があるのを見つけた。そこはこんもりと葉が茂り、涼しそ

うな日陰をつくっている。

男は早速そこに登り、樹の根元に新聞を敷くとどっかりと腰を下ろした。

幾層もの木の枝の重なりが、日の光を遮り驚くほど涼しい。

目の前は潮を含んだ川が横たわり、ときどき遊覧船が通る。

真下に見下ろす遊歩道は、団体やカメラをぶらさげた中年の男や外人の観光客、男女

二人ずれなど、さまざまな人が通った。

男はそうした人々をちょうど見下ろす位置にあることが気に入った。

真下を通る人はまったく男に気づかなかったり気づいても無視する人や、また好奇な

目を向けたり、ギョッとしたように見上げる人もいた。

そんな反応を見るのも楽しかった。

大体、男は“お山の大将モを気取るというわけではないが、高い場所が好きなのだ。

全体が把握できて安心し、すべてを手中に収めたようないい気分になる。

思えば、考え方にもそうした習性があったような気がする。

まず視点を高くして物事を大局的に見る。すると他者との位置関係が見え、自分の立

場というものがはっきりするのだ。それによって、客観的に物事を見極めることがで

き、間違えずに行動することができる。つまり、いきなり飛び込むことはせず、あれ

これ分析して足元を固めてから攻めていく。

そうやって男は組織に属さず、一匹狼のように生きてきたのだ。

あれこれ分析する癖は、当然自分の矜持として固く守ってきたのだが、ときには他人

の評価の尺度にもなった。だが他人に厳しくするときはこの人ならばと判断した人と

心を許した友人に限った。それはなかなか理解されないからだ。

老境を迎えたいま、このスタンスをいつまで続けられることができるのか心もとなく

思う。歳をとるということは気も緩んできて自分を律することが困難になる。

また高い視点は世間を狭くし、かなり孤独であることも男は知っていた。

ふと、人恋しくなって下を見下ろしたら、二人連れのおばさんの一人と目が合った。

すると、

「いい所に陣取りましたね!」

そのおばさんは大声で叫んできた。

「涼しいですよー」と返した。

いいなあ、見知らぬ人と気軽に会話できるこんなおばさん、男はこんなやり取りも大

好きなのだ。

男は世渡りの武器はコミュニケーションであることも知っていたから。

この頃、人との交わりは、やはり水平に見て、まず飛び込んでみなければわからない

のだと男はつくづく思う。

そろそろ降りようか、と男は立ち上がり、池のある方に移動した。


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