●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
医者の余計な気遣いがストレスになったようです。



気配と予感


我が町は小さい。なのにやたらと歯医者と美容院が多い。

犬の散歩の奥さんが“犬も歩けば美容院と歯医者にあたる”なんて言っていた。

ということは、この町はおしゃれな高齢者が多いということか・・・


最近歯がうずくので歯医者へいかねばと思い、そこで数ある歯医者から選んだのは、

近距離優先で我が家から5軒先にある新興歯医者。

小学生の時に虫歯治療した古いかぶせモノを剥がして、新しくやり直すことになった。

私の治療歯を診て「これって戦前の治療みたい。 ずいぶん古いやり方でしかも材料

が悪いですね」という。

(いくらなんでも、戦前治療はないでしょ。私そんなに婆さんじゃないですよ)

私は口を開けたままなので、言葉にならずにぶつぶつ言った。

先生曰く、歯の治療材料も日進月歩なので、歯の治療痕を見れば時代がわかるのだそ

うだ。

結局、あまりにも古いのでガチガチに固くなった詰め物をガリガリ剥がす作業がだら

だらと続いた。

先生は口が悪いわりには施術中に「痛い? 痛い?」とよく聞いてくる。私はそのた

びに口を開けたまま痛くないので「ああん」首を振る。

さらに気を遣ってか、「この細いので加減しながらほじくっているので我慢してね」

と針のように細い器具を見せる。

余計なお世話だ。

お蔭で、それでつついて固い詰め物をこそげとっている情景が具体的に映像化してし

まった。するとなんだか今にも下にある神経に触るような気がして、何回目かの「痛

い?」の質問に思わず「あん」とうなずいてしまった。

先生はすぐ中止して、「どんな痛み?」と聞く。

私は「痛みというか…う〜ん、痛いというよりこれ以上ほじくると神経に触る予感み

たいなものです」しどろもどろに答えた。

「予感ねえ…予感ならばこのまま治療を続けましょう。神経に触るか触らないかの直

前の気配を感じたなら言ってください」

という。

“予感”と“気配”…どう使い分けようか、私はすっかり悩んでしまった。

今度新しく歯の治療を始めるなら別の歯医者にしようっと。


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