●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん夫妻、家族せいぞろいで楽しい時間を過ごしました。



七沢温泉に全員集合


今年を振り返ると、夫は入院がなかったものの、相変わらずガンの定期検診やら諸々

の病気の治療で病院通いが多かった。

車があったときは気軽に行きたいところへ出かけ、気晴らしもしていたが、免許返上

してからというもの、ほとんど外出をしなくなっている。

見かねて子供たちが温泉好きの夫のために温泉忘年会を計画してくれた。

場所は近場の厚木・七沢温泉。総勢7名。

七沢温泉は大山のふもと7軒ほどの旅館が点在する鄙びた温泉だ。

今回の旅館も8部屋ほどのこじんまりとした宿で落ち着いている。山の紅葉の時期は

すでに過ぎているが、新宿から約1時間と近いため、この時期忘年会も多いとかで満

室状態。

私たち夫婦と娘家族は車で、息子夫婦は翌朝会社直行のため電車で現地集合だった。

3時半頃、旅館に着くと息子夫婦はすでに到着し待っていた。

子供たち同志の再会は久しぶりで、やれ太ったの、老けたのと遠慮のない会話でひと

しきり弾み、そしてとりあえず、露天風呂へ。

山の空気はきりりと冷たく、身を縮めて露天風呂に飛び込んで熱い湯に身を浸してホ

ッとする感覚はなんともいえぬ幸せ感だ。

冷たい廊下を歩いて部屋に戻れば、男たちはすでにビールで酒盛りをしている。長男

は最近職場の部署が変わり、出張が多くいずれ単身赴任になるだろうと言う。

最近津軽方面へ五日間ほど出張したときの苦労話をひとしきり。

津軽弁って、ありゃー、フランス語だね、まったくちんぷんかんぷんで、えっ、えっ

? て聞き返すばかり。それに一緒に一杯やれば酒は強いわ、食べ物にはなんでも醤

油をかけるわ、結構マイペースですっかりカルチャーショックだったって。

すると、やはり出張の多い婿さんも先週、酸ケ湯に行ったとかで、宿に入るときは雪

がなかったのに、朝めざめたら、30センチ以上積もっていてびっくりしたという。東

北の冬は半端じゃないそうだ。

そして出張先の感想をひとしきりで、企業戦士の体験談が新鮮だった。

我が家の男たちは皆酒が強い。

夕食を済ませると鹿児島出張みやげの薩摩焼酎で本格的な酒宴が始まった。

夫は普段自ら断酒をしているのだが、このときばかりは仲間に入りしてぐいぐい呑ん

でいた。

唯一の子供である孫は写真を撮れば顔が入れ替わるスマホのアプリでとっかえひっか

えツーショットを撮ってはケラケラ笑っていた。

温泉宿の夜は賑やかにふけていった。

ガンで入院して以来すっかり気力体力を失くし、死を覚悟していた夫は、

こんなことがあるなら生きていてもいいかな、と後でぽつりと言うのだった。



(“一葉もどき”はこれより来年1月14日まで冬休みといたします。1年間お読みくださり
 ありがとうございました。皆様良いお年をお迎えください)


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