思いつくまま、気の向くまま
  文と写真は上一朝(しゃんかずとも)


シャンせんせいのガンリキエッセー。
シャンせんせい、過酷な旅から帰還のようです、エピソードその22。





モロッコへいってきた

バスの窓から「きょうもマラケシュ」





朝7時、ドアをノックする音が聞こえたので出てみるとHさんが立っていた。

「どうしたのですか」と聞くと「電話がこわれていてモーニングコールができないので、こうして部屋を

まわっているんです」という。このホテルはモロッコでは中の上クラスのホテルだ。笑いごとのようだが

電話が故障とはにわかに信じられない、なにか事情があるのだろう。

出発の時間だ。昨夜のことがあったので杖をもってきた。今日の現地ガイドはマジットさん。じつに上手

な日本語をしゃべる。日本に行ったことはないそうだが上手な日本語で話をされると、やれ語学留学だと

かなんとかさわいでも大した英語をしゃべれないわが大和民族の語学の才能のなさが身にしみる。


バスが着いたのはマジョレル公園。ここは1920年代にフランスのアールデコの作家ジャック・マジョ

レルが造った。彼の死後荒れ果てていたのをイブ・サンローランが買い取り修復して現在のすがたになっ

ている。園内はそれほど広くなくヤシ、バナナ、ブーゲンビリア、サボテンなど西洋人の感覚でモロッコ

風に演出されている。園内にはサンローランのブディツクやカフェもあるが日本の感覚では大きな温室に

入ったようなものだ。

つぎに行ったところはバイアパレス。第一の門を入るとみごとなヤシの並木が50メートルほどつづいた

先に第二の門がある。ここは、100年ほど前に活躍した大宰相の屋敷で、邸宅のまわりに庭園をめぐら

し広い中庭をかこんで豪華な個室がならんでいる。これらは4人の愛妾と24人の側女の部屋だった。と

くに愛妾用の個室の壁は彩りもあざやかにモザイクタイルが貼られ、高価なアトラス杉をふんだんに使っ

た天井には細密画が描かれ柱や壁の彫刻もみごとなものだ。馬小屋のようにならべた部屋に女を囲いはべ

らせる。やってみたいようなそうでもないような。どこのハーレムを見ても同じ気分になる。

大宰相の実務の場、接見の間も部族別に三つありそれぞれの部族の文化にあわせた装飾がほどこされてい

る。部屋を仕切るアーチの形にもムーア式やアラブ式などいろいろな形がみられておもしろい。建物をぬ

けると緑あふれる美しい庭園に出る。大理石が敷かれた一角にある噴水の水盤が涼しげだ。ここは女たち

にだけ解放されていたそうだ。邸内にあるコーラン学校はイスラム教のしきたりにそった装飾がほどこさ

れていて簡素だが神聖な感じをうける。解放されていない場所があるのでそのわけを聞くと、この邸宅は

いまでも現役で時々国王もおとずれるということだった。


門を出たところで杖をついた姿をみたマイッタさんが「タクシーで行こう」と言ってくれたので「今日は

大丈夫」と親切に感謝した。門の前にある広場を横切ってスーク見物がはじまる。大きな門をぬけて城壁

内に入ると高い塀にそって民家や露店がつづく。高い塀がおわると野菜、果物、肉など生鮮食品を売る市

場にでる。庶民的な商店つづく一角を通りぬけると広い道に出て普通の商店街になる。

5分ほど歩くと工芸館というところに着いた。ここは、絨毯、ガラス器、金属器、陶器、雑貨と食べ物以

外はなんでもあるみやげ物屋だ。40分の自由行動になり、野に放たれた野獣のようにそれぞれの目的の

商品に突進していったのはもちろんである。旅先でカードが使えるということは不幸なことだ。みごとな

細工のミントティー用のグラスをはじめ、おみやげ用の雑貨を買ってしまった。

それぞれの戦利品をかかえ満足な顔をした一団は店を出て横丁に入る。また賑やかな商店街がつづきその

先にマラケシュの名所のひとつアグノヴァ門がみえる。門をぬけたところでバスに乗り、ほんの2,3分

走ってクトゥビア塔の近くで降りた。塔は12紀ムワラッド朝に建てられたが、モスクの方角がメッカに

対して正しくないということでモスクの部分だけ建て替えられ、最初の建物は遺構として残されている。

塔の高さは69メートル。マラケシュではこの塔よりも高い建物を建てることはゆるされず、街のどこか

らでも見えるシンボルになっている。ここクトゥビアモスクも異教徒は入れないので巨大な建造物を外か

らながめるほかはない。モスクのまえに広がるジャーマース広場では夕方のラマダンの祈りをささげるた

めに茣蓙の用意がされていた。ここでクチュビア塔の由来を聞いてガイドのマジットさんとわかれた。H

さんから、「これからフナ広場を横切って昼食のレストランに向かいます」とあって、ぞろぞろと歩き出

した。今日は杖があるので気分があかるい。


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