●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
中高年になるとほとんどの家族で、ありがちな状況かも。



検診日


ずっと続いていた陰鬱な梅雨空がようやく抜けて、抜けるような青空に夏雲がいくつも

浮かんだ日、私のケータイに一通の暑中見舞いメールが届いた。Tさんからだった。

それにはご主人の体調はいかがですか? と気遣いが添えられてあった。以前7月下旬

に夫のガン検診があることを告げたので覚えていてくれたのだろう。嬉しかった。


切り取っても、切り取っても再発するという膀胱がん。3カ月毎の検診日はもしや…と

不安と緊張でぐったりしてしまうのであった。

その日、降ったり止んだりの雨模様だった。夫は自分で車を運転すると言ってきかない

ので、私はしぶしぶ同乗し、曲がり角に来ると助手席から左オーライとか右前方歩行者、

などとカーナビ気取りで細心の注意を払った。

採血、採尿があるため、診察予約時間の2時間前に行き、済ませると昼食のため病院の

レストランに入った。

レストランは駐車場を隠すように高い木が植えられ、その緑を眺めるように窓を大きく

とった一面のガラス張りで、壁はクリーム色基調なのでゆったりと落ち着いた雰囲気と

なっている。

夫はここの料理はうまいといって気に入っており、病院にくると必ず寄るのだった。一

人で食べているおばあさんや車いすの男の人、夫婦者、皆静かに束の間のくつろぎに浸

っている。

私はちょうど2〜3日前から風邪を引いていてまったく食欲がない。ソバを注文したが

大方残してしまったのだが、夫は親子どんぶり定食をきれいにたいらげた。

食後、夫は検査前の落ち着かない気持ちと私の元気のなさを引き立てるように、今通っ

ている近所の歯医者の話をした。

話好きの女医で、夫の見た目を若いと褒めながら、お口の中はお年寄りそのものですよ、

とずばり言ったかと思うと、昔の近所界隈の様子などいろいろ話すのだそうだ。

「でも、こっちは口を開けているので、返事のしようがないよ」と夫は苦笑いをする。

私は夫の様子からこの調子なら今回きっと大丈夫…と思って、一緒に笑ったのだった。

2時半の予約だったが2時には泌尿器科の待合室へ行った。最近治療方針の決まった通

院患者はどんどん町医者に回してしまうので、めっきり患者数が減ったように思う。

従ってすぐ呼ばれた。夫が診察室に消えて30分。検査を済ませていよいよ結果の説明

だ。私も同席して医師の言葉を待つ。結果は再発なしだった。私たち夫婦が緊張しきっ

て身を乗り出して医師の口元を見つめていたのが、結果を聞いてホッと姿勢を崩して喜

ぶと「よかったですね」と医師も言葉を添えてくれた。

ここで時が止まってくれればいいのに…

梅雨が明け、暑い暑いといいながら、本格的な夏をやり過ごすと、我が家には再び秋の

検診がやってくる。残酷な時の流れを思うのだった。


Tさんの返信メールに再発してなかったことを告げ、夫は、いまのところ介護は必要な

いが付き添ってあげねばならないので、まだ泊まり旅行はできないことを書き添えた。

Tさんを含む4人の仲良しグループで毎年旅行をしていたのだが、私が病人を抱えたこ

とで中断しているのだ。ちょっと心苦しいが、それぞれ今の自分ができることを精一杯

謳歌している仲間なので、あまり気を咎めないでいる。


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