●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんが見た世間の人々の諸事情(?)シリーズの6。



世間話シリーズ

ある八百屋の話の後日談 2


新しく第二の人生として始めたオヤジバンドは順調に活動を続けていた。その楽しさに

調子づいて彼は大きな過ちを犯したのである。

いや、見ようによっては過ちではなく、やはり第二の人生としての彩りといって良いの

かもしれない。

それはボーカルとして参加した40代の女性と彼は恋に落ちたのだ。今まで見慣れた主

婦とはまったく異なる雰囲気を持っていた。自分の個性をしっかり自覚してそれを自分

のものにしている彼女にぐんぐん惹かれていった。彼は自分自身にそうした感情がある

のに戸惑いながら、それは残り火のようにチロチロ燃えて抑えがたかった。彼は彼女と

練習の集まり以外にも、あるときは一緒に映画を観たり、公園を散歩したり、飲みに行

ったりとその女性にどんどんのめりこんでいったのだ。

それは久しく味わったことのない蜜の味だった。

だが、元八百屋の彼にしては迂闊で無防備な行動だったのだ。

大体主婦相手の八百屋ならば、女がどんなにか金銭に細かく、人のうわさが大好きで、

常に情報のアンテナを張り巡らせている人種なのかを知っていたはずである。

例えば、ちょっと鮮度が落ちた野菜を値引きして売ると、それを承知で買ったはずの主

婦が品質が悪いと文句をいってきたり、たかがりんご一つ買うのに念入りに品定めをす

る計算高さや、店先が社交場となって人のうわさや悪口を声高に話したりする光景をし

っかり脳裏に刻まれていたはずだった。

ところが、彼は舞い上がってしまい、すっかり油断をしていた。

とうとう、交際相手の彼女と連れ立っているところを近所の主婦に目撃されてしまった

のだ。

それは、たちまちうわさとなって町を駆け巡り、彼の奥さんの耳にも届いた。後は定番

の騒動となり、こじれにこじれ離婚する羽目になってしまった。つまり彼の奥さんは多

額の慰謝料をとり、すっかり人の変わったような亭主に見切りをつけたのだった。

巷のうわさはさまざまなことを言う。

「本人は華麗な転身を遂げたつもりかもしれないけれど、ずっと夫と共に八百屋の道を

歩んできた糟糠の妻は置いてけぼりじゃ、やりきれないわよねえ」

「人生二毛作? それは収穫があってはじめて二毛作というのよ。まだ収穫があるかど

うかわからない趣味の段階だし、もしかしたら不作かもしれないじゃない」

と、手厳しい。

だが、こうして元八百屋の主人は家庭も捨て、名実ともに第二の人生だけは歩み始めた。

もしかしたら彼はまったく異なる人生を味わった極端さにおいて、彼の尊敬する小椋佳

よりも一つ上をいったのかもしれない。        (了)


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