●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんの心に残る切ない思い出。



大泣きの一日


七歳の夏。

学校から家に帰ったら誰も居なくて、部屋ががらんとして静まり返っている。

母がいない、ただそれだけでパニックになった。

きっと朝の登校前に母から、“今日は出かけるから帰ったときはいないからね。しっ

かり留守番を頼むわね”と言い含められていたに違いないのだけれど、そんなことは

すっかり忘れていた。

ただ、母が居ないのが悲しくて大声で泣いた。泣きながら家中を探し回っても誰もい

ない。白い壁に見慣れた母の普段着がハンガーに、まるで母の姿そのままにかかって

いるのを見つけると一層泣いた。

何が不安だったのかわからない。

世界にたった一人で取り残されたような気分だったのだろう。ひとしきり泣いたあと

で、しゃくりあげながら、帰ってくる母をいち早く見つけようと外へ出た。

夏の白い光が見慣れた風景いっぱいに降り注いでいる。むーんと熱く埃っぽい空気は

ちょっとだけ気分を和らげてくれた。しばらく放心したように佇んでいると、斜め向

かいのA子ちゃんが、あそぼ! と声をかけてくれた。

その時代は子供が多く、近所に遊び仲間がたくさんいたのである。

A子ちゃんとロウセキを使って陣取りをして遊んでいたら、2番目の姉が帰りホッと

した。

だが夕方になっても母は帰らない。

姉もきっと心細かったのだろう、駅まで迎えにいこうと言い出した。私は一人では駅

に行ったことはなかったが姉と一緒ならと思い、ついていった。

駅では次々と人が行き交うのだがなかなか母は出てこない。二人ともそろそろ飽きて

きた。駅の改札口は木の枠でできていて、私たちはそこに両手をついて体をぶらぶら

させどちらが大きくゆらせるか競っていた。

と、私の体が宙を飛んで、前のめりに落ちていって、コンクリートにおでこを打った。

姉が驚いて抱き起してくれたが、血が吹き出し顔面を流れる。私はまたしてもワーワ

ー泣いた。

その後どうなったのか、はたして医者へいったのか、母とすぐ会えたのか、今まった

く記憶がない。ただ、商店街を泣きながら歩いていたのを覚えている。

私の額にはそのときの小さな傷跡が今も残っている。

思い出すと胸がきゅんとなる遠い日のできごと。


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