思いつくまま、気の向くまま
  文は上一朝(しゃんかずとも)


シャンせんせいのガンリキエッセー。
センセー夫婦がよく出かける理由。



上野ボンジョルノ・イタリア


1 歩けなくなったら

「歩けるうちに行っておかない?」と、お告げがあった。

「歩けるうちに行っておかない」、と言ってもご先祖様の墓参りに行こうというのでは

ない。海外旅行のことだ。

「歩けるうちに」というのにはわけがある。

二人そろって脊柱管狭窄症という偉そうな名の病を患っている。これは背骨にある神経

が通る脊柱管の骨が変形して神経を刺激する。激痛とともに下半身にしびれがきて、当

然歩行が困難になる。病気というより加齢によるものでしかたがない。


そのころ、長いこと歩くと足が痛くなり攣るようになっていた。これは腰痛のせいだろ

うとほうっておいたら、あるとき左足がしびれまったく感覚がなくなりころんでしまっ

た。これは一大事と医者に行ったらお大師さまと同じ脊柱管狭窄症と診断された。同行

二人とはよく言ったものだ。

2年先はお大師さまと同じようになるのかと思うと歩けるうちに行っておいたほうがよ

かろうと思った。

いざ行こうとなったらお大師さまの行動ははやかった。はやいというよりそのときはす

でに下調べはおわっていた。

日本の若者が国外に出なくなった影響なのかフリーツアーの企画はひとつもない。団体

ツアーをこのまないわれわれにはこまったことである。ようやく探し当てたものは、日

程の半分がフリータイムになっているJTB、ジャパンツーリストビューロー、旧くは

日本交通公社といった一流の旅行会社のものだ。

一流の会社だから値段が高い。安い旅行社のものはみなガチガチの団体行動である。背

に腹はかえられずこれに申し込んだ。

JTBから仮の日程表が送られてくる。いよいよ旅行が実感される。旅の支度ははやい。

各々の分担のものを部屋につみあげてゆく。最終チェツクをしてキャリーバッグに詰め

ればおしまいだ。つぎに両替をしなければならない。ドルはなれているけどユーロは見

当がつかない。ヨーロッパは物価が高いと聞いているので幾ら準備したものか。そのこ

ろユーロは141円を行ったり来たりしていた。いっぱしの相場師を気取ってもうすこ

し下がるだろうとボヤボヤしていたら142円を超えてしまった。あわてて両替をした

ら手数料込みで143円になって、だいぶ損をした。お大師さまはこのあと両替に行っ

たので50銭ほど高かった。それぞれ持っていくお金は秘密なのでこういうことになる。

正規の日程表が送られてくると、もう出発だ。今回は贅沢ついでにキャリーバッグを宅

急便で送ることにした。もう、大きなキャリーバッグをひきずって成田までいくと出発

前に疲れてしまう。


カメラと身の回りのものを入れた小さなバッグをぶらさげ成田に向かうのはこんなに楽

なものか。

成田空港で前の日に送ったキャリーバッグを受け取り集合場所へ。添乗員のKさんは40

歳くらいの快活な、みるからに丈夫そうな女性だった。総員24名。点呼をとり搭乗ま

での説明をうけて解散。いつもは搭乗時間までの時間をもてあますのだが、今回はデル

タ航空のラウンジが使える。さすがJTBだ。

空港での待ち時間というものは、本当にこまる。固いベンチで2時間ちかく待つのはつ

らい。かといってレストランに入ると法外な金をとられる。前にベトナムでトランジッ

トをしたとき、出稼ぎの人たちに占領されたベンチのあいだを座る場所もなくうろうろ

しながら見たビジネスクラスとファーストクラスのラウンジが天国にみえた。


デルタ航空のラウンジは快適だった。空港を見渡せるソファーに座って食べ放題、飲み

放題はさすが高級待合室。軽食と飲み物を好きなだけとりながら、しばしのブルジョア

気分にひたっているとお大師さまが追加の両替に行ってくると言う。なにか買うものを

思いついたらしい。

12:45搭乗口に集合、そのまま機内へ。席は3人席に二人だけ。隣に人が来ない事

を祈る。

13:15アリタリア航空AZ0785便は静かに動き出す。となりには誰も来ない。

これでローマまで気兼ねなく足をのばして行ける。脊柱管狭窄症というのは、ときどき

歩いたり、姿勢を変えないと足が攣って歩けなくなってしまう。ローマまで12時間の

旅はこれで安心だ。


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