気着

●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんと友だちには風邪も遊び道具のようです。



お染かぜ


電話が鳴って出たら本の回し読みをしている仲間からだった。

ひどいガラガラ声である。

どうしたの? と聞いたら風邪をひいたのだという。

今、流行のピークらしい。

健康優良児のようなココア通信の田島氏までがすでに罹ったとか。

その友人は電話の向こうで、お染かぜだからしゃあないわ、と野太く笑っている。

なにそれ? ときくと、

あら、知らなかった? 江戸時代はインフルエンザをお染かぜっていったのよ、という。

お七でもなく、お夏でもなく、お染かぜ…なんて可愛らしいネーミングだろう。同じ罹

っていてもなんだか色っぽく、チャーミングだ。

現代のインフルエンザだのノロウイルスだのデング熱だのと無味乾燥な名前とは違って、

昔の人は名前をつけるのに味わいがあった。

明治時代はコレラをもじってコロリといったとか。なにかユーモアさえ感じられる。

さてそのお染かぜの張本人は、風邪で寝込んでいる間、瀬戸内寂聴の「死に支度」を読

んだのだという。

だめよ、病気のときにそんなの読んじゃあ、と私がいうと、

「ううん、さすがに内容はいまいちだけど92歳であれだけ書く意欲があるなんて、や

っぱりすごいわよ。逆に元気を貰ったようなもの。

あのね、仏教では、死ぬときは極楽浄土から観音様が天女とともに迎えにきて手を差し

伸べてくれるんだって。周りに雲のような霞がたなびき、美しい音楽を奏でる天女に囲

まれて極楽浄土へ・・・想像するとなんだか私、死ぬの怖くなくなったわよ」

やっぱり友人はだいぶ参っていると思った。

風邪のときはお染さんにあやかって心が弾むような恋愛小説でも読んで気持ちを明るく

持たなければ・・・

ただし、玄関に「久松留守」という張り紙をわすれずに・・・


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