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のしゅちょう             文は田島薫

(精神疾患について


先日、テレビで自分についての本を書いた自閉症の青年のドキュメントをやってて、

途中からだったんだけど、なにかうれしいことがあったらしく、時々ぴょんぴょんと

飛び跳ねながら「正常」な姉につきそわれてホテルの部屋を訪問すると、そこには米

国人(だったか)の作家が待ってて、青年もハロー、ってあいさつして部屋に入るん

だけど、その米国人の横をスルーして部屋のベランダに出て1人で外の景色を長い時

間ながめている。その間、姉は米国人にあやまるんだけど、米国人の方は寛容そうな

笑顔を見せて、大丈夫、私の息子も同じだから、って言う。

部屋に戻ると、少しぎこちなくあいさつを交わすんだけど、青年はほとんど視線を合

わさず、紙にかかれたアルファベットを自分の指で探しながら、すっとんきょうな大

声で米国人の質問に答える。なにがつらいか、って質問に、人の視線が耐えられない、

ってようなことを言った後、例えば、君と同じ症状の息子に自分(米国人)はどう接

したらいいのか?って質問に、あなたはそのままでいいと思う、って、自分の場合一

番つらいのは、親が自分のためにつらい思いをしてる、って感じさせられることだ、

って、親の笑顔が一番うれしいもんなのだ、といったようなことを、言い、質問が済

んだと判断したら自分で、終りを宣言して立ち上がり、相手の顔もろくに見ずに背中

を向けて部屋を出た。見送った米国人は姉に、何度か短い視線のやりとりの瞬間に深

いコミュニケーションを感じて満足してる、と。

普通の考えで見たら異常行動ばかりが目についてしまう危ない人間に見えた人物が、

実は普通かそれ以上の認識力を持ってたことがわかったんだけど、その後の、彼の著

書の一部の紹介で確信させられた。自分は桜の花を何分も見続けることはできない、

なんだかわからない感情に耐えられなくなるのだ(ちょっと違うかもしれないけどそ

ういったことだったはず)、でも自分は桜が大好きだ、って。

脳学者からの、脳のスキャンをさせてくれ、って希望に、それで自分の脳が直るのか

?って聞くと、それは無理だけど、将来の患者の治療に役立つかもしれない、って聞

き、了承。結果は、脳の物事を感受する部分とそれの理解と表現の構成力する部分に

異常はないばかりか、感受する部分は平均よりも大きく発達してて、物事の目的など

の把握が早いんだ、と、ただ、コミュニケーションを可能にするそれらをつなぐ部分

が欠損してるだけなのだ、ということがわかった。

けっきょく、そういったコミュニケーションの不利から、内にこもる、ってことが強

化されるんだけど、逆に内面での豊かさが拡がる可能性だってあり、表面上は色々な

部分で問題がありそうに見える人間も実は内に素晴らしい感性や能力を貯えてること

が多いのだ。

多分、人の行動の巧拙は、それにどれだけ時間を使ってるかの結果、って言えるのか

もしれないのは、ただ流れるような名調子で会話や演説する人の話の中身がなかった

り、また、逆もあったり、を見てもわかるような気がする。

で、人との会話が極端に少ない私が、時折たわいない仕事の電話で、なぜかどもって

しまったりして、ちょっと落ちこんだりするのは後者の例だ、って励ましながら自分

にも自閉症の傾向があると、ずっと思ってるわけなのだ。




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