●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、退屈な音楽もある、ってことに後で気がついたようです。



通俗名曲


つい最近、“通俗名曲”という言葉を知った。頻繁に耳にしたり誰もが聞いたことの

ある有名なクラシックを指すらしい。私が小さいころから馴染んだのはこの通俗名曲

だった。

私が幼い頃のある日、今の洗濯機ぐらいの大きさの電蓄(電気蓄音機?)と呼ばれる

ものが2台やってきた。家業が印刷屋だったのだが、たぶん電気屋関係の印刷物を請

け負い、その会社が倒産して印刷代が支払われず、父はその代償として電蓄を受け取

ったらしい。

家には手回しの小さな蓄音機があったがむろん音が悪かった。一度に立派な電蓄が2

台もやってきてみんな大騒ぎだった。それらの電蓄を取り囲み、試しに手元にあった

レコードをかけるとお腹に響くようなド迫力の音響に大興奮したことを覚えている。

2台あるからといってステレオというわけにはいかないが、

手回し蓄音機から比べれば雲泥の差である。

その頃レコードはSP盤かLP盤の時代で、我が家では父が歌謡曲嫌いだったので自然

と洋楽が多く、タンゴ、ジャズをはじめ、シューベルトの歌曲、ショパンのピアノ曲、

有名なオペラのアリアなどいわゆる“通俗名曲”があった。


高校に入ったとき美術と音楽は選択課目になっており、私はなんとなくなじみ深い音

楽コースを選んだ。

担当のY先生とはあまり相性がよくなく、学期末に点数をつけるため一人づつ歌わせ

られたとき、多感であがり症の私は「歌えません」と一言。先生は反抗的と受け取っ

たらしくひどく怒られた。本当は「恥ずかしくて皆の前で歌えません」とか「覚えが

悪く上手く歌えません」とかいえば良かったのだが・・・

音楽の授業は名曲といわれるクラシック音楽の鑑賞に相当の時間を費やされた。じっ

と机に向かって交響曲を聞いているのは長くて退屈だった。しかも曲の感想も書かさ

れる。専門的知識のある生徒は楽器の特徴から掘り起こしてテクニックの解説まです

る者もいたが、私は頭に浮かぶ情景ばかりを書いた。

何事も長々と続くものは嫌いで、今も野球観戦や長編小説も苦手である。従って、さ

わりだけを聞かせる通俗名曲あたりが身の丈にあっているようだ。

今では音楽コースを選んだのを後悔している。その頃美術コースにはすばらしい先生

が指導していて現役で芸大生を多く輩出していた。

絵を描くことを趣味にしている今なら迷わず美術コースにしたのに…と悔やまれてな

らない。


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