●連載
虚言・実言 文は一葉もどき
横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、なんだなんだ、って当惑したようです。
展覧会の客
その日私は展覧会の受付当番であった。
午後の空いている時間、60代とおぼしき男性が展覧会場に入ってきた。
野球帽をかぶり小さなリュックを背負い、いかにもどこか散策の帰りといった風情である。
受付の椅子にどっかり座り、筆ペンでゆっくり署名をする。私は書き終わるのを見計らっ
て目録を、どうぞ、といって差し出した。
すると、意外にもその男性はあなたの絵はどれですか? と聞く。
この男性に見覚えはなく、ちょっと不審に思ったが、目録の自分の作品名を指差した
男性は
私の作品を特に気に留めるでなくゆっくり見て回ると、寛ぐように会場中央のソファに腰
をおろしたので、私はウーロン茶を運んだ。
ありがとう、とコップを受け取ると、男性は、
私は写真を趣味にしているんだけど、絵は先輩です、だから努めて絵を見るんです、とい
った。
どうやら話相手が欲しいらしい。
さらに男性は、だってそうでしょう、絵は原始の昔から洞窟に描かれ、最古の表現手段な
んですよ、その歴史は長い…と勝手にしゃべっている。
はあ、と私はあいまいに答えると、
それに絵の場合、作者はその作品に対してはすべてを支配できる全能の神ですな、いくら
写実と言っても自分の描く絵に、どんな構成にしようがどんな色をつけようが意のままだ
からね。そこへいくと写真はすべてありのままが映ってしまうし、機械の性能に左右され
てしまうし・・・ははは・・・
饒舌な客である。
私はお盆を手に下がろうとすると、ちょっと待って、その男性は引き留めた。
いいものを見せましょう、といってリュックの中をゴソゴソとかき回す。
あった、あった! ほら、これ何だと思います?
見ると、小さな透明のビニール袋に種子のような物が3つ入っている。黒くて大豆より一
回り大きく触ると固い。
私は、さあ、わかりませんけど、といって気味悪げに返した。
男性は笑いながらメモ帳を出して、羽子板と羽根の絵を描き、無患子と書いた。
これムクロジと読むんです。お判りでしょう。羽根つきの羽根の黒い部分。はい、あげま
す、と差し出す。
言われるままに受け取ったが私は当惑するばかり。一応ありがとうございます、と言って
受付の席に戻った。
男性が帰り、もう一人の受付仲間に変な人、と私がいうと、彼女は、
あら、てっきりお知り合いかと思ったわ。最近ああいう男性多いのよね、定年退職した後、
家に四六時中居れば奥さんに嫌な顔され、暇を持て余して画廊巡りや公園巡りをするわけ。
でも孤独なのでときどきしゃべりたくなって、誰かれとなく話しかけるのよ。ま、人畜無
害だけどね。
としたり顔に解説した。