●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんにも縁ある人のノンフィクション多少フィクションストーリのパート4。


シリーズ アメリカ帰りの松子さん

オー マイ ゴッド!


松子さんはホテルではすることがないのでテレビを見ている。

日本のテレビはバラエティ、旅番組、どこにチャンネルを合わせてもよく料理がでてく

る。なにがうまいの、かにが名産だのと紹介しては登場人物が大口を開けて食べている

のだ。

そういえば街で外食をしようと思うと、イタリアン、フレンチ、中華はもちろん、すし

屋、てんぷら屋、うなぎ屋、そば屋、とおびただしい種類の料理屋があって松子さんは

途方に暮れるばかり。これほど飲食店を細分化する必要があるのかと腹立たしく思う。

こんなに食べ物に執着するのはきっと日本という国はストレスが溜まっているからに違

いないとにらんでいる。

そのとき電話が鳴った。

「A子さんという方からお電話です。おつなぎします」

というフロントマンの後で、A子さんの太いしゃがれた声が聞こえた。

「松子さん、その後お疲れとれた? ちょっとお話したいことがあるんだけど、私のマ

ンションまでこられるかしら? 電話じゃなんだから・・・」

きっと住まいが決まったに違いない。

「ええ、大丈夫よ。そうね、じゃあ、お弁当を奮発するからお昼を一緒に食べながら話

しましょう」

いそいそと松子さんは幕の内弁当を買って麻布のマンションへ行った。

にこやかに迎えられて思い出話やら気兼ねのない女同士の会話が弾んで松子さんは久し

ぶりに楽しい気分になる。

「ところで松子さん、住まいのことだけれど…あちこちあたってみたのよ。そしたらね、

どうやら最近は70歳以上の独り住まいの高齢者には部屋を貸してくれないらしいの。

ほら、年金生活者のうえに年寄りっていつ何が起こるかわからないでしょ。とても難し

いのよ」
「えっ、だって心当たりがあるって言ったじゃないの。そこはダメなの? 私は大船に

乗ったつもりだったんだけど…」

「それがねえ、年齢を言ったらダメだったの。ごめんなさい。これからも探してみるけ

ど、いつになるかわからないから、一時弟さんの所にでも行ってはどうかしら」

思いがけない話である。

「だって私は82歳まで働いてきたので貯金もあるわ。体だってピンピンしてるわよ」

「でもね、82歳といったら立派な年寄りよ。お金を積んでもダメね。年寄りに部屋を

貸せばリスクが大きくなるだけ。今の日本は高齢化社会対策をとっているようだけど本

音は弱者として足手まといなのよ」

お先真っ暗とはこのことか…

電話で世話にはならぬと大見得きった手前、今更弟に住まいを見つけてくれとは言いに

くい。A子さんになんとか…と食い下がったが、A子さんは頭を振るばかり。おまけに

年末には親戚が泊まることになっているので、荷物を引き揚げてくれ、というのだ。

松子さんは呆然としてホテルに帰ってくると。フロントで呼び止められた。

「お客様は確か1週間の滞在契約でしたね。えーと、今月の21日から25日まではク

リスマス料金で1泊18000円となりますが、延長いたしますか?」

「えっ! 1泊18000円!」

思わず鸚鵡返しにいう。クリスマス料金なんて知らなかった…

聞けば、さらに年末年始には正月料金になるという。

度重なる誤算に松子さんは思わず「オー マイ ゴッド!」と英語が飛び出て肩を竦め

る。ようやく、

「それまでには出ます」

松子さんはきっぱりと言ってはみたが、当てはない。

やはり、最後は唯一の肉親である弟に頼るほか手はないのだった。(つづく)


ご感想は題を「一葉もどき感想」と書いてこちらへ(次号に掲載)


戻る