●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんにも縁ある人のノンフィクション多少フィクションストーリのパート7。


シリーズ アメリカ帰りの松子さん

おもてなし


年末年始は不動産屋もお休み。松子さんはゆっくりと日本の正月気分を味わうこともなく

銀行や年金など日本定住に関する書類の山と格闘していた。

ときには用事ができて弟の竹男さんの家に出かけることがあった。

行くと必ず梅子さんが、スリッパを履け、寒くないかなどと気を遣うのが鬱陶しい。

食事を出してくれるときもあるのだが、これもまた落ち着かない。キッチンとリビングが

独立型なので食事中にキッチンへいっては新しい料理を運んでくる。

「あのね、アメリカでは人を呼んだらお客様を退屈させないように女主人はでんと座って

楽しく話を盛り上げるのが役目なのよ。梅子さんは話始めるとキッチンとリビングをチョ

コマカ、チョコマカ行ったり来たり。昔は執事という者がいてその役目をしていたものだ

ったけどね。もてなしは気を遣いすぎてもいけないのよ、相手が疲れますからね。これで

はサロン風の社交上手にはなれないわよ」

松子さんは話好きである。まして今日本で直面している不満・愚痴など思いのたけを話し

たいのだ。それを今は唯一聞いてもらえる話相手である義妹の梅子さんが落ち着かないの

ではつまらない。つい先生という職業で鍛えられた理路整然の説得調となって、客のもて

なし方を梅子さんにレクチャーするのであった。

すると梅子さんはよかれと思ってしたことを否定されて、ムッとしたように反論してきた。

「それは場合によりけりですよ。私はお義姉さんに今はおいしい手料理を食べてホッとし

てほしいのです。料理を食べごろに出して、お客様が快適な気分で過ごせるように気を遣

う、つまりおもてなしとは気配りというのが日本流なんです」

「それは女中の仕事です」

と松子さんが言い放つと

「あいにく、ウチには執事も女中もおりませんもので」

と梅子さんも負けじと切り返してきた。

それ以後である。梅子さんが松子さんの家探しに口出しするようになったのは。

「お義姉さん、今はサービス付き高齢者向け住宅というのがあって、まるでホテルみたい

なんですって。ある有名女優はそこに住んでいて撮影にはそこから通っているそうですよ。

食堂もあるし、介護士も常駐しているし、いざというときとても安心ですよ。むしろそち

らを探した方がいいんじゃないですか」

松子さんは冗談じゃない、と思うのだ。まだまだ元気だし、周りがみんな年寄りばかりな

んて真っ平である。チャンスがあれば、仕事でもボランティアでもいいから、アメリカで

蓄積したキャリアを日本で還元したいのである。

日本という国はどうしてこう画一的なのかと思う。老人は老人でまとめて孤立化させてし

まう。もっと風通し良く男女間、世代間の垣根のない社会を目指せばいいのに。

アメリカの老人ホームではどんなにヨタヨタでも歩けるならば、「Donユt touch me」とい

って触れさせず、介護士は1メートルほど離れて見守っているだけだ。ところが、日本で

は事故があってはならないとばかり、ぴったり寄り添って抱きかかえるように介護するの

だという。これでは甘えるばかりで自立できなくなり状態は悪化するばかりだ。

松子さんは自分がそうした環境に適応できないことをよく知っていた。だから、梅子さん

の提案など歯牙にもかけない。   (つづく)


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