●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、おせっかいなふれあいも楽しみます。



シリーズ 街角ストーリー

山下公園


5月の絵画教室のレッスンは屋外スケッチだった。場所は山下公園。

当日、からりと晴れた上天気で潮風が吹き渡る海を目の前にした瞬間、思わず手を広げた

くなるような開放感に包まれた。

このまま、ボーっと海を見ているのも悪くはないなと思ったが、先生が回ってくるのでそ

うもいかない。

ぐるりと見渡せば左手はみなとみらいのビル群が霞み、目の前は海だけが広がり、右手に

は威風堂々の氷川丸がどんと停泊。これでは絵にならぬ。もっと港らしいゴチャゴチャし

た風景を描きたいと思っていた。さらに首を陸側に曲げたら、マリンタワーが青空に伸び

ていてビルも見え、中景には樹が生い茂り、前景には噴水もあるし人も行き交っている。

あっ、これ!と決めて、芝生の中に入り木陰に居場所を決めて画材を広げた。

じっと描いていると、道からはさまざまな人が行き交い話し声が聞こえる。関西弁、英語、

中国語・・・。ああ、ここは観光地なんだと改めて思う。

どのくらい時間が経っただろうか。ふと、背中に気配を感じた。こうして外で描いている

と覗きにくる野次馬がときどきいるのだ。

思うように描けなくて集中できなかった私は、視線の主を確かめようと振り返ると、そこ

には野球帽をかぶり小さなリュックを背負ったおじさんが立っていた。私と目が合うと待

ってましたとばかりに話しかけてきた。

「タワーの網目の鉄骨はね、影の部分に色を入れていくといいよ」

「あ〜そうなんですか」と私。

「あれっ、余計なことをいっちゃったかな」

「いえ、勉強になりました」

「僕もスケッチが好きなんで、素通りできなくて…今も描いてきた帰りでね」

「どこを描いてきたんですか?」

「シルクセンターの前のレストラン辺り」

「見せてください」と私はお合いこのつもりで頼んだ。するとおじさんは気軽に小さなス

ケッチブックを取り出し見せてくれる。描きなれた淡彩画だった。

「外国の街角で描いていると、野次馬が集まりいろんなことをいってくるんでね。つい、

お節介をいっちゃった…」

「へえ〜外国でスケッチするんですか?」

「ああ、好きでね。いろんな国で描いたよ。どこの国が一番野次馬が集まると思う?」

「さあ…インド…」私はあてずっぽうに答えた。

「それがね、トルコが一番で、二番目が中国なんですよ。たくさん集まってきては、ここ

は違うとか、もっと色を濃くしろとか、勝手なことをがやがや言ってね。お節介というの

かお国柄というのか・・・ははは」

そのおじさんは楽しそうに笑い、「お邪魔しました」と離れていった。

私も思いがけなく面白い話を聞いて楽しくなった。なんだかこれは山下公園という場所の

せいなのかと気持ちの良い天気のせいなのかと狐につままれたような気もしないではなか

ったけれど・・・


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